ワット・ボーウォンニウェート寺。恩師との思い出。



カオサン通り近くにある、ワット・ボーウォンニウェート寺。

前国王も出家された、タイの中で極めて格式高いお寺である。




ここで青木保先生(今年9月まで国立新美術館館長)は、半年間ほど仏教の修行をされた。

その体験は、『タイの僧院にて』という一冊にまとめられる。



なんとも面白い本で、読み終えると深い感銘を受けるものである。


そんな青木先生に、僕は少しだけ教わったことがあった。

僕が修士課程にいたちょうどその時、たまたま先生が特任で法政大学にて教鞭をとられたのである。


そして、青木先生とのご縁のおかげで、バンコクの大学に行くことができた。

つまりはタイとの本格的な関わりの第一歩目を、先生が支えてくれた。

今、チェンマイ大学で仕事をさせてもらえるのも、この一歩があったからだ。

いわば、僕の人生の大きな転機を支える、恩師の1人なのである。


そんな先生が法政大学の特任を終えて、文化庁長官になられた頃。(小泉内閣の頃)

当時バンコクに住んでいた僕のところに、ご連絡をくれた。

「バンコクに行く用事があるから、もし若曽根君の時間があれば、会いましょう」


バンコクのインターコンチネンタルで会った先生は、めちゃ紳士で男前だった。

しばしの談笑のあと、タクシーで向かったのが、ワット・ボーウォンニウェート寺である。


著者本人から、当時の修行のことを生で聞く。

ちょうど夜の読経の時間。

それがBGMのようで、ムードは最高であった。


「ここでよく食べたんだ」

そう言われて連れていってもらったのは、寺の目の前にある店だ。


先生は「あれも、これも」と注文し、机に並べきれないほどお皿を並べた。


『タイの僧院にて』の解説では、民俗学者 宮田登先生がこう述べている。

青木保といえば、堂々たる美丈夫。屈託のない人柄で、コセコセした学者タイプではない。全体に伸びやかな雰囲気をかもし出しているが、時に敵を発見すると矢継ぎ早に論争を挑み相手をい辟易させる。だが何といっても特徴的なのは、文化人類学者として珍しくもアルコールをたしなまず、その代わりに美食家というのか大食漢というか、要するに人並みはずれて食欲人間なのだ。…


その言葉通り、確かに店でも多くのものを並べられた。

「若曽根君、ビールは飲めないのかい?僕は飲まないけど、君は飲んでな」

「さあ、たくさん、食べてな」


今回の出張中、久しぶりに、ワット・ボーウォンニウェート寺に行った。

とても2人とは思えない量をテーブルいっぱいに並べて食べて、談笑したあの日を思い出す。

あの店。今も未だ変わらず営業していて、ホッとした。




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