別にふだん悪いことをしているわけではないが、なんだか気分はよくない。
封を切ってみる。
我が家の車が、交差点を駆け抜けている写真。
あれー。
日付を見ると1ヶ月ほど前。
なんとなく思い出した。
大学近くの交差点で、赤に変わるか変わったかくらいのタイミングで走り抜けたことを。
「ま、これは行くでしょう。ただまあ警察がいたら、ギリOKか、下手すりゃピッピピーだな」
みたいなことを思ったような、あるいは口に出したような気がしないでもない。
で、警察こそいなかったが、眼を意味するオービスは光っていた。
ギリOKではなかったのだ。
書類によると、減点はないもよう。
ただ、500バーツの罰金。
「まあ、事故よりはずっとマシだ。次からは気をつけようと思わせてくれる、いい勉強だ」
そう強がりつつ、スマホからすぐに振り込んだ。
(警察からの書類にはバーコードが入っていて、スマホをかざせばすぐに支払い完了。そのあたりの迅速さたるや、脱帽である)
さ、これからは気を引き締めて、安全運転を心がけよう。
そう思って、ハンドルを握る。
交差点、決して無理に渡りはしない。
いい教訓になっているのである。
ところで実は…
違反をした日から警察からの手紙がくるまでの1ヶ月ほどの間で、軽く違反気味なことをした記憶がうっすらとある。いや本当は、割とはっきりある。
しばらくはポストを見るのが怖くて仕方ない。
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いつものガソリンスタンド。
給油を済まして、エンジンをスタートさせた。
おや?かからない。
あれ?あれ?
焦りまくる。色々なボタンを押してみる。
知らないスイッチもとりあえず押してみたりする。
もしかしたら、アクセルとブレーキを同時に踏みながらスタートを押せば…と試す。
今考えれば、そんなスマホやパソコンの裏技のようなことでかかるはずもないが、そのときは必死だったのだ。
ガソリンの給油を望む後続車たちが、今か今かと、僕の車が出るのを待っている。
バックミラーに映る運転手たち。イライラしているように映るのは気のせいではなかろう。
エアコンもかからないので、汗だくである。
僕は意を決して車から降りた。
「エンジン、どうしてもかからないですー」
半泣きの態で、ガソリンスタンドの店員さんに言った。
サイドを刈り上げつつのロングヘアーのおじさんで、見かけは割と厳つい。
「え?かかりませんか?おーい、ちょっと見てやってくれ」
おじさんは後続車を違う給油場へ移動させつつ、違う人を急いで呼んでくれた。
呼ばれた人もあれこれ試す。
「こりゃ、バッテリーが上がってるな」
つい2分前まで颯爽と走っていたのに。そんなことあるのかと愕然とする。
「どうしましょう」
刈り上げのロングヘアーのおじさんに問いかけた。
「ニュートラルにできるか?とりあえず、駐車場まで押してあげるよ」
おじさんは後ろに回って、車を押してくれた。
「はいー、右にハンドルを切ってー」
見かけの厳つさとは裏腹に、なんとも親切な方だ。
その優しさに、汗だくで感動した。そして、無事駐車。
そう言って、サッと仕事に戻っていったおじさん。
そのヒーロー性に、感動。後ろ姿をただ眺めていた。
さて僕は、以前に修理をお願いしたことのあるB-Quickが来るのを待った。
1時間ちょっと。急な呼び出し。それくらいはかかるだろう。
何度かの確認電話ののち、B-Quickの店員さんがバイクで現れた。
手には小さなバッテリー。
「もしかしてクレーン車みたいので移動」とかになったら大変だな、と少し心配していた僕はいい意味で拍子抜けである。
そしてお兄さんは手際よくバッテリーに線をつなぐと、スタートしてくれと言う。
写真なんか撮ってる場合ではない。
僕は言われたとおりに急いで運転席にむかい、スタートボタンを押す。
すぐにかかった…。
お兄さん到着から、ものの3分。その迅速さに感動である。
「料金はいりません。会員サービスです。
ただ、バッテリーが古くなってきてるようです。近いうちに変えることをおすすめしますよ」
そう言って、定員のお兄さんはバイクで去っていった。
サービスにもまた感動。しばらく佇んだ。
皆さんの助けあって、無事に車がなおった。本当にありがたい。
帰り際、刈り上げロングのおじさんにお礼を言おうと思ったが見当たらなかった。
引き継ぎしたあとだったのか、休憩に入ったのだろうか。
お礼を言えずして現場をあとにしたことが、悔やまれてならない。
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たった一言だけで、それだけで大きく救われることがある。先日、そんな言葉をいただいた。
僕は歴史学の日本近世史専門の出だ。しかしこの数年は、いろいろな経緯を経て、人類学の分野に向けてのまとまった論文を執筆している。
もともと、大学時代の指導教官の影響で歴史人類学的な研究に惹かれていた。フランスのアナール学派をはじめとした本を、ゼミ内で多く読んだ。
「歴史人類学の大きな課題は、過去のある時代、ある社会を、その深層において読みとっていこうとするところにあります」(二宮宏之『歴史学再考―生活世界から権力秩序へ』:3ページ)
こうした言葉に感銘を受けていた。表面に現れた歴史的事象の深層を読み解くために、人類学の考え方を積極的に取り入れる歴史人類学の研究にはまっていた。
そして、今。人類学の分野に挑戦して勉強をはじめると、「歴史人類学」についての歴史学側と人類学側のとらえかたの違いは大きかったことを痛感する。歴史学は過去のある時点を明らかにするが、人類学はその歴史的事象を現代的な視点でどのように捉えるかが問われる。人類学の訓練を受けてこなかった僕は、苦しみまくっている。
それでも、ようやくとある人類学系(民族学)の雑誌への投稿論文が採用され、それをベースにしてひとつの論文をまとめあげた。日々の仕事をこなしながらの執筆作業は、過酷だった。
度重なる校正をし、人類学の指導教官の先生にファイルを提出した。
結果は…。大幅な修正・加筆の必要性ありとのご指摘を受けた。
努力の量ではなく、結果がすべてであることを突きつけられた。正直言って、心が折れそうになる。メールを頂いたその日は、けっこう落ち込んだ。なんだか、どうしていいか先が見えなくなったのだ。
職場でお世話になっている人類学の先生に連絡し、話をさせてもらった。今回まとめた歴史的事例について、人類学にとらえること、言語化することがどうしてもうまくできず、方向性が定まらないことを伝えて、ご意見を頂こうと思ったのである。
すぐに先生は時間を作ってくれた。
「君が論文を提出しようとしているところは、いわば伝統的な人類学のスタイルを保持しているところです。そこに合わせた論文が求められるだろうから、修正はけっこう大変かもしれませんね。君のことを見てくれている先生は柔軟な人だけど、そういう組織に提出しようとしていることは念頭においたほうがいいでしょう」
「…ただし。君の書いていることは、たしかに歴史的な事例かもしれないが、現代的な文脈で十分にとらえることができると思います。社会人類学、あるいは社会科学的な観点からみても重要な論点を含んでいます。だから自信をもって、とにかく前進したらいいですよ」
先生は「この議論はこうするべきだ」とかはもちろん語らない。自分の力で試行錯誤することは当然だからだ。
でも、「自信を持って前進したらいい」というそのお言葉。気持ちがスッと楽になった。
「僕が書いていることはこれでいいのだろうか。なんだか、もうよくわからん!」と、自分の研究内容に対しての自信を失っていた僕に、先生の一言は大きな救いとなった。
「修正の方向性が決まり、少しまとまってきたら、いつでも連絡ください」
そう言っていただいた。本当にありがたい話だ。
これから半年くらいかけて、大幅な修正をすることとなる。落ち込んでいたって仕方ないし、気を取り直して、とにかく前進していこう。こうなったら徹底的にいいものに仕上げていこう。またしばらく休みのない日々が続くとしても我慢、我慢。
経過や気付きについては、ちょいちょいブログにも書いっていこうかなー、って若干思っている。とはいえ、今回の記事も数カ月ぶり。継続的にアップする自信は正直ない。
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年が明けた。
クリスマスと年末はパーティーをしたが、それ以外は静かなものだ。
この状況下、旅行に行くこともできず、外出といえば『鬼滅の刃』上映を見たくらい。(2度目。ツマゴマは3度目)
のんびりと正月を過ごしたのである。
さて、さて。
最近突如として、タイではコロナ新規感染者数が増え始めてきた。
ということで、年明け一発目からオンライン授業に切り替わった。
また数ヶ月前の状況に逆戻りである。
朝8時からの江戸の文化の授業。
ZOOMに学生を招待して待っていると、「シャワー中」と名前を変更して入ってきた学生。
入ってきても、ずっと無言。
そりゃ、新年一発目、8時からの授業は確かにハードだが、あまりに正直だな。笑
「サワッディー・みなさん。先生もサワッディークラップ」
彼は、頭を拭きながら、いなせに画面に現れた。
さっぱりしている。
そして授業中は、誰よりも発言し、質問をした。
うーん、メリハリ。
というわけで、今月いっぱいはまたオンライン授業が続く。
今年もよろしくお願いします、みなさん。
くれぐれも健康第一で。
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