ウボン県のブン・パウェート儀礼⑥        ~プラ・マーライ経の拝聴~



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昼間の行列の喧騒とはうって変わり、夕方のトゥンシームアン寺の境内は静かだった。

そこで聞こえてくる、読経の声。ついに始まったようだ。

”プラ・マーライ経”

実は僕が今回のウボンで、一番見たかったは、これだ。




プラ・マーライとは、マーライ尊者のこと。

彼は、仏教の修行によって半端ない特別な神通力を持つことに成功した阿羅漢だ。

どれくらい半端ないかと言うと、彼はこの世だけでなく、地獄や天界に行くことができるくらい、半端ないのだ。

そんな特別なパワーを持ったマーライ尊者が、地獄や天界に行き来する仏教物語。それが、プラ・マーライ経だ。

では、これはどういう物語か。大きな流れを見てみよう。


(第一部)地獄の物語

スリランカのガムポート村に住む阿羅漢マーライ尊者は、ある日、特別な神通力を使って地獄へと行った。


<プラ・マーライ経、地獄の様子。イサーンのコーンケン県サブアゲーオ寺壁画。『ฮูบแต้ม ในสิมอีสาน』2005年107頁より>


地獄では、多くの亡者が、現世における罪の代償として過酷な責め苦を受けていたが、彼らはその苦しみからの解放を望んで、訪れたマーライ尊者に「現世に生きる親族に功徳を転送するように伝えてほしい」と願い乞うた。

マーライ尊者は亡者たちの願いを聞き入れ、この世に戻ると、現世に生きる亡者の親族たちに功徳の転送を勧めた。これをうけて、亡者の親族は功徳を転送し、地獄で苦しんでいた亡者たちは責め苦から解放されて天界に生まれ変わった。



(第二部)現世の物語

現世に生きる貧しい農夫。

彼は、マーライ尊者に、蓮の花8輪を天界の神々に届けて欲しいと布施をした。マーライ尊者は、この農夫の願いを聞き入れて、天界へと飛び立った。


<農夫から布施を受けて天界へと飛んでいくマーライ尊者の様子。イサーン・ナコンパノム県ポーカム寺壁画。『ฮูบแต้ม ในสิมอีสาน』105頁>



(第三部)天界の物語

農夫から受けた蓮の花を届けるべく、マーライ尊者は神の集う三十三天の塔廟に訪れた。そこで、マーライ尊者はインドラ神(帝釈天)に出会う。


<三十三天の塔廟の様子。イサーン、マハーサラカム県パーレーライ寺壁画。『ฮูบแต้ม ในสิมอีสาน』103頁>


インドラ神は、「今日は布施日なので様々な神がこの塔廟にやってきて、自分の説法を聴くのだ」と言い、事実、様々な神が塔廟に訪れた。



(第四部)弥勒菩薩との出会い

様々な神が塔廟に訪れるなかで、最後に、未来仏である弥勒菩薩(タイ語でプラ・シーアン、もしくは、シーアリヤメートライ)が現れた。

弥勒菩薩は、末法の世の後に、幸福な世界が訪れるように、人間世界に法をきちんと伝えるよう、マーライ尊者に指示した。

また、弥勒菩薩は、蓮の花を布施した農夫が天界に生まれ変わったことをマーライ尊者に教えるとともに、未来の世で自分に会いたいと願うものは、ヴェッサンダラ・ジャータカ(ヴェッサンダラ本生話)を一年に一回聴くように、とマーライ尊者に伝えた。

そして、末法の世が終わると、人びとは幸福で平和な生活を送るようになった。


以上が物語の概要である。こうした物語を聴くのが、プラウェートサンドンの自国に戻る行列の後に行われたのだ。

プラ・マーライ経を聴く時間が設けられる理由。

それは、弥勒菩薩が最後に言った「ヴェッサンダラ・ジャータカ(ヴェッサンダラ本生話)を一年に一回聴くように」という言葉を民衆に伝えることで、ブン・パウェートを行うことの理由を説明するためである。

これによって、ブン・パウェート儀礼に参加して、ヴェッサンダラ・ジャータカ(ヴェッサンダラ本生話)を拝聴すれば、未来において弥勒菩薩に会うことができると、人びとは信じるわけだ。

実は、こんな感じで、ブン・パウェート儀礼の行われる理由を説明するために、プラ・マーライ経が読まれるというのは、イサーン地方だけである。(タイ北部でも、ある地域では、ブン・パウェートのときにプラ・マーライの読経が行われているらしいが、イサーンほどではないらしい)

タイ中央部と南部においては、ブンパウェート(イサーン地方以外では、テートマハーチャートと呼ばれるが)において、プラ・マーライが読まれることはありえない。プラ・マーライ経は、葬式の席で読まれるものと決まっているのだ。

(タイの柳田國男的存在のアヌマンラーチャトンはかつて、結婚式でも読まれていたことを報告しているが、現在は確認できない)

ということで、このプラ・マーライ経とブンパウェートがセットになっているのは、イサーンが主。

儀礼が行われる理由を知っているイサーンの人びとと、知らない他地域の人びとは、きっとブンパウェートのもつ終末と弥勒に関する知識や思想に、大きな違いがあるだろうなぁ、と考えているしだい。

と、まぁ、あとの詳しいことは論文にまとめるとして、とりあえず、プラ・マーライの拝聴の場の様子だけ写真でお伝えしておこう。


          <プラ・マーライ経を読経する僧侶>


          <プラ・マーライ経を拝聴する人びと>


こうして、ブン・パウェート儀礼初日の夜は、更けていった。









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