2月23日、タイ保健省は国内の教育機関に、新型肺炎の感染例が多い場所から帰国した学生等には14日間の自宅休養させるように協力を呼びかけた。

チェンマイ大学の日本語学科の日本から帰国したばかりの学生も、自宅待機しているところである。




チェンマイ大学社会学部 社会科学・人類学科にて、2月27日(木)10:30から12:30まで、セミナーが行われる。

プログラムは次の通りだ。




世界中に広がりをみせる新型コロナウイルス(COVID-19)。

もちろん、チェンマイも例外ではない。



「先生、これはどうやって履きますか?」

生まれて初めて袴をはく学生だ。

彼は、正式なかるた部員ではなかったが、当日大会に駆り出され、なおかつ袴もはくことになったのだ。



チェンマイ大学の日本語学科では、年間を通して、様々な活動が行われている。

その内容や時期について、各方面の方々から質問をいただくことも多い。

せっかくチェンマイにきたからには、日本語や日本文化を教える日本語学科を見てみたいなぁ、と考える方も多いようである。


ということで今日は、チェンマイ大学日本語学科の概要と諸活動、およびそれに参加する方法とオススメの来訪時期をまとめておこうと思う。




『痴人の愛』について、学生が発表した。



先日、チェンマイ大学日本語学科で、文化祭が行われた。

大学には茶道・生け花・書道・百人一首かるたのクラブがあって、それぞれのクラブ活動の成果が発表されたのだ。



今年もまた花祭りの季節がやってきた。

今年も一応、行ってみた。


会場近くのソイには、臨時のバイク置き場が並んでいた。

おっちゃんやおばちゃんが、「こっち、こっち」と呼ぶ。

呼ばれるがままに入ると、明らかに普通の家の庭。

一年の中で、稼ぎどきのようだ。

庭にぎっしりとバイクを詰めていて、どうやって出すのか大変だろうなあ、と強く思ったのである。


会場につくと、コロナウイルスの影響か、去年よりも人は少なめに感じた。

それでも道の真ん中にはドーンと山車が並ぶ。



 さすが、アートセンターの作る山車。

これは美しかった。



その周りには花屋が並ぶ。



まあ、それくらい。

いくら人混みが少なめとはいえども、それでも人酔いする。

ということで、そそくさと帰った。




去年はどんな感じだったかと思って、ブログを見返してみた。

「何かこれと言って、特筆すべきことがなくて申し訳ない」と書いてある。

今年も、去年とほぼ同じことを思っている。


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チェンマイ大学では、ブックフェアーが行われている。

先日は、タイの電子書籍をもっと増やすべき!と言ったが、それでも本の持つ魅力ももちろん認めている。


ということで、ランチがてら、仕事を抜け出して行ってみた。





例年通り、数十の本屋が軒を連ねる。


時間もないし、さほどお金も持っていなかったので、じっくり見るのをあえて拒否。

パーと見てまわることにした。



おっと思う本もあったが、そこはあえてチラ見だ。

さささっと動く。


「そろそろ時間か」と学校に戻ることに。

「よし、誘惑に勝ったな」と思いきや、結局、一冊の本を大事そうに抱える自分がいた。




600バーツ。

割と高め。


シャムやラオに訪れた欧米の宣教師たちの記録が、タイ語翻訳されたものである。



これはどうしても買わずには、いられなかったのである。


ブックフェアーは12日まで。

誘惑の日々はもう少し続く。


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朝、いつものようにバイクで学校に向かう。

ふとバックミラーを見たら、もろに割れていた。




昨日の夕方、家に戻った時は異常なかった。

ということは、マンションにとめていた時、誰かにぶつけられちゃったんだろうか。

いや、よく見るとバイク前面も壊れているので、倒された可能性もある。


誰だかはわからないが、倒してしまったこと、ミスしてしまったことは仕方ない。

でも、それなら何か紙に一言、お詫びやらを書いて置いておいてくれたら、こちらも少し気持ちがいいんだがと思う。


トンズラ。

面倒臭いと思ったのか。

それとも破損したことに気づかなかったのか。(これだけの破損だから考えにくいが)

それとも「やばい、逃げちゃおう!」と思ったのか。


でも、たとえ逃げ切ったとしても、結局自分の心には嘘がつけないだろう。

心に嫌な感じが残ると思うんだどなあ。


まあ、犯人探しをしても仕方ないので、マンションには言わないけど、なんだか後味の悪い事件だった。



夕方、家に帰ると刺身と煮物、炒め物という和食。

「嫌なことがあった日は、美味しくたくさん食べよう」

ツマゴマはそう言って、いも焼酎の水割りを作ってくれた。





刺身に焼酎は最高だ。


僕のバイクを壊した相手は今頃、「まずいことしたなあ」と気重になっているかもしれない。

でも、やられた方の僕は、幸せな気分でいる。

大切な人からの心遣いや優しさで、人は一気に幸せになれる。

ありがたい話である。


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「どうしてタイにはKindleのような電子書籍がないのだろうか」

学生たちとそんな話になった。


「タイ人は本を読まないですから、意味ないですよ」

学生はそう答えた。


一見、正しい気もしないでもない。

でもそれは、果たして本当だろうか。


たとえば実際に、「タイ人は本を読まない」としよう。

それは、本が嫌いだからだろうか。

僕はそうは思わない。

学生たちを見ていると、スマホやタブレットで、活字をよく読んでいる。

まとまった文章を読む力は未知数だが、少なくとも活字が嫌いだということはなさそうだ。

タイの文化として葬式の時に本を配るというものがあるが、これも本への愛情が見受けられよう。


ではなぜ本を「読まない」か。

もしかしたら、面白い本に出会ってこなかったということも考えられる。

ワクワクしたり、世界の見方が一気に変わってしまうような強烈な読書体験がないと、本の持つ可能性を知らないということはありうる。


ではなぜ、いい読書体験ができなかったのだろうか。

それは読む環境が整っていなかったという問題があるだろう。

タイでは圧倒的に本屋が少ないのだ。

田舎に行ったら、もう本屋は皆無である。


それは、タイの本は紙の質が悪くて作りが甘いことに加えて、湿気も多い気候に関係しているのでは、と僕は思っている。

つまり、本の大量保存が難しいのだ。


このように考えると、もし本当にタイ人が「本を読まない」ならば、それは「本を簡単に読む環境がないことで、素晴らしい読書体験ができなかったから」という面があるのだ。


だとすると、読書環境をまずは解決することが必要である。

その手段として、電子書籍はいいと僕は思う。

電子書籍ならば、質の悪い紙ではないし、湿気による劣化もない。

田舎であっても、簡単に本にアクセスできる。

電子書籍は物理的・環境的な問題をクリアしてくれるのだ。



「タイ人は本を読まないから電子書籍は意味がない」という見方は、一見すると正しい気がしてしまう。

でも、「本を読まない」ことを、タイ人の性格・本質として決めつけるのは寂しい。

タイではただ読書環境が整っていないだけだ。


電子書籍こそ「タイ人は本を読まない」というイメージを書き換える可能性だ!と考えた方がいいのである。




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