タイの街、特にバンコクほど歩きにくい街はないと思う。

昔よりはよくなった気もしないでもないが、それでも歩道はガタガタで、狭い。

時どき、歩道は途切れる。


車の道ばかりが優先されて、歩道は隅に追いやられている。

完全に車のための街、だと思う。


夜、とある交差点に差し掛かった。

しかし、向こう側へ渡れない。


たとえ信号が青になっても、左折車がビュンビュンと走り抜けていく。

止まろうともしない、意地悪な車両の多いこと。

歩行者に優しくない。


1回目の青は逃した。

次の青を待っていると、屋台を押したおじさんが、横に並んだ。

そして、青になった。

しかし、やはり車は早い。


「渡るのは難しいよなー。よし、今だ」

そういって、先陣切って渡ってくれた。

僕を導いてくれた。

片手で屋台を押し、片手はスピードをだす車を止めるアクションをする。


渡り終わると、おっちゃんは僕に笑顔を向けた。

「どうだ」

といった感じだ。


そして、さっさと夜道を進んでいった。

ありがとう、おっちゃん。



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 バンコクへの出張。

今回も公文書館である。



ということで、近場の宿を探し、見つけた。

前回ほどの近距離の宿ではないものの、まあ歩いて10分かからないところ。

途中、運河を渡って、すぐのところにある。


この宿が、洒落ていてよかった。


LOST INN BKK(ロスト・イン・バンコク)



おしゃれなドミトリーがあって、西洋人が多い。(https://www.facebook.com/Lostinnbkk/参照)

まあ、流石にドミトリーはきついので一人部屋。



800バーツほどで、この感じはいいだろう。

次回から、公文書館への出張時は、ここ一択である。


ちなみに、帰り際にスタッフに写真を撮られた。

もしかしたら、フェイスブックなどのページに載せられるのかもしれない。


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タイへ戻る前日。

家族で、東京の夜景ツアーに行った。

ツアーといっても、車でイルミネーションを通り、車窓から眺めるというものである。


何を隠そう、僕は一年間でクリスマスから年末にかけてが一番好きな時期だ。

だから、東京の夜景ツアーはたまらない。


表参道は、「おおー」となる。


ムードはすっかりクリスマス。

最高だ。


青の洞窟というところでは、車を飛び出し、一瞬だけ降りてみる。


ブルーの世界は良かったが、規模自体は小さなものだった。



で、結局のところ、ベスト「おおー」ポイントは、東京タワーである。




下から眺めた東京タワー。

巨大で力強い。

が、それでいてどこか温かみのある感じ。

やはりいいものだ。


すっかり満喫。

次の日からタイに戻るのかあ、と少し寂しい気持ちになった。



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日本では、幼馴染と一杯やった。

あーだこーだと喋り、飲む。

一軒目でビールとハイボールを飲み、二軒目ではワインをボトル3本。

どう帰ったか、正直記憶がなく、なぜかどん兵衛を食べた形跡が翌朝あった。


幼馴染と会うのは一年ぶり。

まあ、特に変わったことはないが、お互い40

あいつもすっかり、貫禄がついたものだ。





ジャケットを脱ぐと、さっと腕を出した。



どうやら、腱鞘炎らしい。

スマホやパソコンのやりすぎか。


いずれにしても40にもなれば、どこかしらが痛いというのは、僕も同じ。

今日も肩に違和感を覚えているところである。


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義母が家のものを整理していた。

断捨離のためと、使わなくなった皿を仕分けしていたのであるが、その包みがあまりに年代物で驚いた。




歴史を感じるにあまりある。


他にも色々と歴史あるものが出てくる、出てくる。

文字通り、家の引き出しの多さに驚愕だ。


中には、古いハガキもたくさん。

で、兵隊が嬉しそうに軍歌の練習をしているという、戦時中のものらしい絵葉書もあった。



「楽しい軍隊」

絵葉書にまで演出が施されていたとは、と複雑な思いになった。


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日本での楽しみの一つは、やはり食だ。

まあ、チェンマイにいてもさほどタイ料理を食べない僕。

つまり、日々和食を食べているわけだが、それでも日本に帰ると嬉しい。


日本橋では、天ぷらめしを食べた。



金子半之助。

初めて訪れたが、朝イチにも関わらず、もうすでに並んでいる。



15分ほど外で待つ。

冬の風が身にしみる。


その分、出された天ぷらはやはりうまい。



目の前で揚げてくれるということで、気分もいい。



ゆずのかおりする付け合わせが、取り放題なのも嬉しい限りだ。




ところ変わって、勝浦。



ツマゴマの実家に行く際には、大概寄っていく魚屋食堂 勝浦。

ここの丼もまた、美味だった。


さすが、海に面した街である。



昼間っから日本酒を少し傾け、魚を食す。

最高である。


チェンマイに戻った今、もうすでにタイ料理に飽きている。

日本食が恋しい限りだ。



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久しぶりのブログ。

せめて、近況報告だけでもしておきたい。(まあ、いつもそうだが)


おとといまで、1週間ちょっとではあるが、日本に帰っていた。

しかしなんとも慌ただしくすごし、すぐにチェンマイへ。

タイ人の同僚の先生に

「あれ?日本に行くと言ってませんでした?あ、もう帰ったんですか。なんだか、ワープしたみたいですね」

などと、言われたほどだ。


そして、チェンマイに戻って会議を終えたあと、すぐさまその足でバンコクへ。



なんとも強行軍。

昨日は夜中にふっと起きて、「あれ、ここはどこだ!?」と叫んだほどだ。(僕の家系は寝ぼける伝統を有する)

体が慣れるまで、時間を有するであろう。


明日の深夜にはまたチェンマイに戻る。

そして、急ぎ来週からの新学期の準備。

追われまくってるので、今日の夜中ももしかしたら飛び起きる、かもしれない。


ということで、今、バンコクで無事に過ごしておりますという、近況報告でした。




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