・タイ研究の碩学・田辺繁治 名誉教授の最終講義・セミナー
・タイ研究の碩学・田辺繁治 名誉教授の最終講義・セミナー
・先生の後ろ姿を見て学べる、ありがたさ。
「なんかこのリサイクル回収ボックス、後ろが簡単に開くけど大丈夫かな」
妻とそんな話をしながら、古くなったPCやiPad、スマホをボックスに入れた。
場所はチェンマイの大型デパート。
長年、研究や生活を支えてくれたPCやスマホたち。
もう、古すぎて売ることももちろんできない。
バッテリーが膨張してしまったものもあり、適切な回収ルートに乗せるためにアップルに持ち込んだが、タイでは引き取りのサービスはやっていないという。
代わりに提案されたのが、近くに設置されているリサイクル回収ボックスだった。
不安は募るが、全てを回収ボックスに入れた。
用事を済ませてわずか20-30分。
再びボックスの前を通ると、iPhone4だけを残してPCやタブレットが綺麗さっぱり消えていた。
「業者来た?早くね?え、でもどうしてPCだけを?」
極めて嫌な予感。
大半は初期化したが、電源の入らなくなったものはそれができていない。
誰かが持ち出しとしたら、気持ち悪い。
すぐにインフォメーションへ向かった。
時刻は20時過ぎ。営業終了が迫る時間帯だったが、受付の方は事情を察し、すぐにセキュリティへ連絡を入れてくれた。
「カメラを確認して、明日必ず連絡します」
なんだか落ち着かないが、帰宅。
AIさんからの指示で、その夜はiCloudから遠隔消去の予約をかけた。
翌日、約束通りデパートから電話が入った。
結論から言うと、端末は無事に見つかり、回収された。
ボックスの近くにある店舗のスタッフが、僕らが去った直後に持ち出していたのがカメラにがっつり写っていたらしい。
デパート側は即座にその会社に連絡。厳重注意の上で、全ての端末を回収してくれたのだ。
「現在はデパートが責任を持って保管しており、このままリサイクル業者へ渡します。何か持ち出した人のいる会社に言いたいことなどありますか」
とのこと。
おそらく、あまり深い意味を持たずに持ち出したであろうスタッフ。
もちろん良くないことだが、とんでもなく怒られただろうと思うとなかなかに不憫である。
「別に特にないです。ちゃんとリサイクルに回してもらえれば大丈夫です」
「そうですか。この度は誠に申し訳ございませんでした。今後このようなことがないように注意します。申し訳ございませんでした」
何度もデパートの方に謝られた。
「あなたは別に悪くないんだよー」と、妻と言ってやりたかった。
単に紛失として片付けるのではなく、防犯カメラを遡り、身内とも言えるテナントスタッフに対しても厳格に対処。
誠実な対応にむしろ感動したよー、と。
デパートの素晴らしい対応はとてもありがたいものだった。
なお、余談だが売れるiPhoneは売った。
また、使えるけど売れないものは仕方ないので回収ボックスにいれようとしたら、「山に送る」とその店の人が引き取ってくれた。
ありがたかった。
最後に一応載せておくと、リサイクルに出す前に駐車場でとった写真がこちらである。
ノートブックを広げてさらに色々な角度から撮影しようとしたら、意味がわからんと妻に言われた。
なんだか名残惜しかったが、機材たち、これまでありがとう。
<関連記事>
・突然、車のエンジンがかからない事態…。でも、タイ人の優しさ、そしてサービスの良さに感動!
・タイの地方で受けた検問の理由とは。
・交差点での、屋台のおっちゃん。ありがとう。
・イサーンの運転風景。ローカルラジオがBGM。
・ワットプーまでの悪路。半笑い西洋観光客。
タイの卒業式は一大イベント。卒業生の家族が総出で大学に来る。
式の様子をモニター越しに皆で見る。
大学内の芝生にゴザを敷いて、卒業生が戻ってくるのを待つ。
家族皆さんにとって、極めて大事な式なのだ。
僕は卒業式には出なかったが、卒業アルバム用の写真撮影だけは行ってきた。
1学年に学生は7−8千人はいると思われ、その撮影だけでも大変なイベントである。
僕の所属する人文学部は朝5時集合。気温15度くらいの冷えるチェンマイで、大学の特設撮影会場に向かった。
僕は卒業アルバムを見たことがないので、出来上がりは不明だ。
僕が着ている紫のものはチェンマイ大学のガウンで、レンタル。
紫以外のガウンを着ている先生方は、自分の卒業した大学のものだろう。とにかくカラフルだ。
僕の大学の卒業式はもう24年も前のこと。武道館で行われた。
中高から大学に進んだ僕にとっては、久々に昔ながらの友人に会う機会で、式そのものの記憶は薄い。
とにかく、式場が騒がしかったのを覚えている。
タイの厳粛な卒業式とはまるで違った、秩序も何もないものだった。
祖父母が卒業式を見に来てくれたのを覚えている。
「なんだか、みんな携帯電話で話していて、騒がしかったね。今の時代はそうなのかね」
そんなことを言われた気がする。
わざわざ見に来てくれたのに、なんだか申し訳なく今になると思う。
家族に対して卒業の節目をしっかりと見せ、そしてそれをしっかりと皆で喜ぶタイ。
そのほうがいい思い出になるに決まってる。
学生のみなさん、卒業おめでとう。
どうか、大志を抱け!
(人がいない時を見計らっての、自宅エレベーター前にて妻撮影)
子供の頃から、飛行機に妙に興奮する。
免許を取った頃は、よく友達と城南島に行って飛行機の離着陸を見ていたものだ。
実はチェンマイには城南島、いやそれ以上の近さで見られるところがある。
運転免許を扱う陸運局の前。免許の関係でそこに行けば、驚かされるであろう。ものすごい近さを飛行機がかすめるのだ。
目の前にある歩道橋に登ろうものなら、マイケル・ジョーダンくらいであれば届くのではないかと錯覚を覚える。
去年の年末、父母がチェンマイに来てくれた。
僕と同じく、いや僕以上に無類の飛行機好きの母をそこに連れて行った。
近くのガソリンスタンドに車を停めて家族で歩いた。
マイケル・ジョーダンのことは伝えてあったが、さすがに母も半信半疑。
その時、轟音と共に一機の飛行機が我々の頭上近くを通過した。
母は大はしゃぎ。急いで歩道橋に行った。
歩道橋にはタイの若者2人が座っていた。そこで飛行機の着陸を眺めていたのだ。
我々も座って待った。そして、5分から10分に1本ぐらい飛行機が降りてきた。
そのたびに母は「来た!来た!」と写真を撮った。
何とも言えない夕方のひととき。この場所はおすすめだ。
あなたが無類の飛行機好きならば、ビールでも飲みながら、1日過ごすことができるであろう。ちょうど、相撲を見に行く気分だ。
母は生まれ変わったら飛行機の仕事に就きたいという。
僕も実は小学校低学年くらいまでパイロットになりたいという夢があった。
おじいちゃんやおばあちゃんに「パイロットになったらただで乗せてあげるね」なんて無邪気に言っていた遠い日々。近視はつらい。
<関連記事>
・童心、父母。
・タイの反政府デモとは無関係なロッブリーの穏やかさと、僕の父母。
・学生の卒論発表。昔、先生に大激怒されたゼミ時代を思い出す。
・雪道と熊。
・2019年元旦は京都から。

鼓舞のクリック、よろしくお願いいたします。
気づけば新年。
去年の1月にブログをアップしてから、あっという間に1年経ってしまった。おかげさまで一家みな元気です。
去年は中高時代の友人に数十年ぶりに会ったり、仕事を一緒にしたりして、なんとも刺激的な1年だった。
その辺のことは、後日改めて(来年にならないよう努めます)。
まずは、正月らしく飲みのことを書いておこう。
去年11月。かれこれ10年近くずーっとお世話になりっぱなしの共立女子大の先生から、「今、チェンマイ大学にサバティカルで1年いる先生がいまして、その人、絶対に若曽根先生と合うから紹介するためにチェンマイに行きたいです。講演招待のレターを書いてもらえます?」とご連絡をいただいた。
もちろん、即OK。僕も共立女子大で講義をさせてもらい、かわりにその先生にチェンマイ大に来ていただいた。そして、先生をご紹介いただいた。
その先生のニックネームはピーガン。
ピーガンとは異常なほどに共通点が多かった。
20年前に住んでいたバンコクのアパートは目と鼻の先だった(時期は少しずれていたが)。
遊んでいた場所もほぼ同じだった。
好き嫌いや考え方、教員になるまでの経過も似ていた。
ということで、11月に初めて出会ってから頻繁に飲んだ。
「この店、バンコクのランナム通りっぽいですよね」なんて話しをして。
そして正月は我が家で飲むことに。
20年前のように「若さいっぱい夜中まで」とならないように15時から始めることにした。
鍋やおかずを食べながら、ビールに日本酒、ウイスキーと飲んだ。
「このささみフライは無限に食べられますね」とピーガンはおっしゃった。
「そのセリフ、いつも旦那も言ってますよ」と妻が言った。
そう、ささみフライは子供の頃から無限に食べられると踏んでいる。
大葉とチーズ、そして梅肉が豊かな味を生み出す。
40半ばを過ぎれば、ウイスキーが進む。
ささみを貪りながら、3人で大いに語り合った。
未来のことを語るのは楽しい。
もしかしたら歴史的な1日になるかもしれない構想で盛り上がった。
ワクワクだ。
はっと気づけば23時。かれこれ8時間飲みっぱなし。
飲みの体力。ささみの無限食い。
我々、「20代の頃と同じ」とまではいかないが、まだいける。
<関連記事>
・学生の卒論発表。昔、先生に大激怒されたゼミ時代を思い出す。
・タイ教員セミナーでの講演を終えて、恩師を思う。
・一周忌、いつもと同じ帰り道。
・いい教え子に恵まれたもんだ
・ずっと心に…

鼓舞のクリック、よろしくお願いいたします。
バンコクのサイアム弓道会(SKK)による年末28日と29日のセミナー。
丸二日にわたる充実したセミナーの終わりにあたって、SKKとチェンマイ大学弓道部のメンバーがホフ先生を囲んで円座になった。そこで一人一人が、この2日間の感想を述べていった。
全員が一通り思いを述べ、ホフ先生が話を始めた。そして、最後に思いがけない申し出をいただいた。
「……実はチェンマイに行くんです。そして、1月2日と3日はフリーなので、どちらかの日にチェンマイ大学に行って稽古をつけてあげましょうか」
我々はもちろんお願いした。
3日朝、学部の車に乗って先生のホテルまでお迎えにあがった。この前の弓道着姿とはうってかわり、ジーンズにポロシャツときわめてラフ。しかし、やはり弓道や柔道、剣道、合気道などを全て習得した師範。姿勢がとても正しく、どこかただものではない雰囲気を感じさせる。
先生と車の中で色々と話をしつつ、大学のアーチェリー場も案内、日本研究センターに着いた。弓道部の顧問はセンター所長が、副顧問はセンター副所長、会計事務はセンターの専門職員がやっているからだ。
センター前で記念写真😆
そのあと、センターの前にある50周年記念ホールへと向かった。ここが今日のホフ先生による特別稽古の会場だった。15名ほどの学生がすでに集まって、先生を待っていた。
先生はスタスタと学生たちの方に向かうと、すぐに3列に並ばせた。
「礼!」
何も話すことなく、唐突に稽古を開始された。
年末にセミナーに参加した学生は「これ、これー」といった嬉しい気持ちだったろうが、初めての学生は驚いたようだ。
副学部長らもまず簡単に挨拶をする予定だったが、それも行われることなく稽古に入った。副学部長は「日本の伝統って感じでいいですね」と言った。
学生は、真剣に先生の英語に耳を傾け、ご指導にしたがった。足踏みや、フォームの方法から弓の扱い方まで、先生から幅広く教えていただいた。
喉から左手の先端までの長さを、矢で測った。この長さが、矢を放つときの構えの歩幅になる。これが一番安定するのだ。学生たちは皆でチェックし合いながら、真面目に応えた。
午前で3時間近く、ランチを挟んで午後にも1時間以上にわたり親身に教えてくださった。学生も頑張って英語で質問を繰り返し、先生はその全てに答えてくださった。
世界各国で稽古をつけている先生。とても丁寧でわかりやすいご指導をいただいた。
贅沢な時間。発足して1ヶ月ほどの学生にとって、なかなかできない貴重な経験になったと思う。
先生をホテルにお送りする車に乗り込むとき、
「先生、本当にありがとうございました」
キャプテンと副キャプテンが日本語で言った。先生も少し日本語がわかり、日本語で返した。
「弓道、がんばってください」
「はいー。先生も、またきてねー」
なぜか、学生はタメ語だったが、先生は喜んでいた。
「学生は素直でいい子が多かったから、今後が楽しみですね」
そうおっしゃってくれた。嬉しかった。
「では先生、またお会いする日を楽しみにしてます。本当にありがとうございました」
そう言って、ホテルでお別れした。まだできたばかりの弓道部。しかし色々なイベントがあって、幸先のいいスタートを切った。
これから毎週、1−2回ペースで練習が行われる。どれほどの学生が地道な練習に耐えられるかわからない。それでも、いつか環境の整ったチェンマイ大学弓道部から、矢の放たれる音が聞こえる日がくること、待ち遠しいものである。
ただその前に顧問として、さらなる道具購入の予算探しに奔走しなければならない。キャプテン・副キャプテンを連れて、援助してくれるスポンサーを探そうかと画策している。
まあ、これからも乗り越える壁はあり大変そうだが、それ以上にワクワクもしている。
<関連記事>
・チェンマイ大学 かるた部、満を持して始動。
・チェンマイ大学日本語学科 百人一首かるた部。「北部タイ大学生百人一首大会」に袴で現る。

鼓舞のクリック、よろしくお願いいたします。
チェンマイ大学弓道部が、タイ国内の大学のなかで初めて創設された。できるまでの過程は前回の記事の通りだ。
とはいえ我々は素人の集まり。まずは、きちんと稽古している様子や弓道環境を実際に見てみたかった。
そこで目に止まったのが、タイ・バンコクで10年以上の歴史を有す弓道会、「サイアム弓道会(SKK)」による特別セミナーだった。12月28日・29日の2日間にわたって、ドイツ弓道連盟名誉会長フェリックス・F・ホフ先生が特別稽古してくれるものだった。
早速SKKに連絡をとり、チェンマイ大学に弓道部が新設されたこと、そして年末のセミナーを数名が見学させてもらうことができるかどうかを尋ねた。SKKは弓道部新設を喜び、セミナー見学も快諾してくれた。
部長・副部長に話をした。
「これはいい機会。僕はセミナーに行ってみようかと思う。行ける学生も、参加してみたほうがいいと思うよ」
「えー、行きたいです。でもバンコクで2日間だと、色々とお金が…」
「ふっふっふ。実は、学部は学生ひとりひとりに対して、こうした校外活動に対する予算をとっているんよ。セミナーとか何かの大会とかに参加する場合、学生は申請できるよ。それでもし学部の審査を通れば、上限5000バーツもらえる。その方法に詳しい先輩がいるから聞いてみな」
「えー、そんな方法があるんですか。それなら行ける人も多いかもしれません。聞いてみます!」
こうして、10人ほどの学生がバンコクに行くことになった。
SKKに特別セミナー参加を正式に申し込んだ。SKKの方はとても親切で、年末のセミナー前にSKK会長らを交えて、zoomでミーティングをしようという提案もしてくださった。チェンマイ大学弓道部からは部長と副部長、そして顧問の僕が参加した。
なぜ弓道部を作ることになったのか。今後、チェンマイ大学弓道部はどのようなことを目指しているのか。セミナーにどのようなことを期待しているのかなどが話された。それに、弓道部に役立つ本や動画、道具などの情報を共有してくれた。
SKKには西洋の方もいたので、タイ語だけでなく、英語も使われた。その中で部長と副部長は頑張って受け答えをした。これはバンコクでも心配ないな、と思った。
そして事実、ふたりはしっかりと準備からセミナー当日まで仕事をした。ホテルや夜行バスの予約、SKKとの連絡もこまめにとった。事前に勉強会やゴム弓を使った練習を行い、その熱量に引っ張られるように、他の学生も真面目に取り組んだ。こうして彼らは学部からの5000バーツもとって、バンコクに向かった。
僕はセミナー当日にバンコクで合流した。心配していた学生の遅刻もなく、彼らは真面目だった。SKKの方達による射的を目の前でみて、感動していた。ホフ先生の英語による指導にも皆積極的に参加した。目を輝かせていたのが印象的だ。
SKKの方達もゴム弓を頑張る学生たちに優しく指導してくれた。弓道はただかっこいいというものではなく、型の反復と精神が重要であることを叩き込んでくれた。弓道に終わりはないことを教えてくれた。
朝から夕方までびっちりと練習した2日間のセミナーの終わりには、SKKの方達とすっかり部員は仲良くなっていた。
「またいつでもSKKにきてね」
「チェンマイに行ったら、弓道を一緒に稽古しようかな」
などと、SKKの方達は言っていた。
セミナーを後にする時、部長が言った。
「先生、ホフ先生は稽古の始めと終わりに神前に向かって『礼!』と言ってたじゃないですか。だから、私たちもあれを取り入れたいと思います」
「えー、ちょっと恥ずかしいな」
他の学生が言った。
「いいから、いいから。みんな、ちゃんと円になって」
10人で円陣になった。
「礼!」
部長は大きな声で言った。皆で頭を下げた。SKKの方達は半笑いでその様子を見ていた。ちょっと僕も照れくさかったけど、「学生は元気でいいな、これが初めの一歩だな」と思った。
2日間のセミナーでの学生のひたむきな姿。ホフ先生はどうやらそれをちゃんと見ていてくれたらしい。それから数日後にチェンマイ大学に来ることになるのだ。それはまた続き。
・タイ制覇を目指して。チェンマイ大学 百人一首かるた部、今年度も始動!
・チェンマイ大学かるた部。第一回タイ・オンラインかるた競技大会、優勝ー!!!
・チェンマイ大学 かるた部、満を持して始動。
・チェンマイ大学日本語学科 百人一首かるた部。「北部タイ大学生百人一首大会」に袴で現る。

鼓舞のクリック、よろしくお願いいたします。
「私は、弓道をしてみたいんだ」
「えー、そうなのー。私もそう思ってたー」
2023年8月か9月頃だったか。新入生ふたりの女の子がそう言って、握手をしていた。
「いいね、弓道。じゃあ、弓道部を作っちゃおうか」
と話に加わった。
ー 弓道 ー
その響きになんとなくピンときたのだ。
さっそく、クラブ設立に向けて動くことにした。
とはいえ、完全にその場のノリ。弓道の知識があるわけではない。とりあえずインターネットで翠山弓具店を見つけ、クラブ設立における必要道具や予算を問い合わせてみた。
また、学生にはタイで唯一の一般者向け弓道会「サイアム弓道会(SKK)」というところに連絡してもらい、糸口を探った。
翠山弓具店からご丁寧に予算のことなどを教えてもらった。翠山弓具店はかつて、他国のクラブ設立のお手伝いをしたことがあるとのことで、非常に心強かった。
周囲は好意的に色々なことを教えてくれた。しかし残念なことに、その時はすでに大学内での新部活の申請期限がすでに過ぎていることが後になって判明した。
こうして、この話はいったん眠った。
2024年6月、新学期が始まった。あれから、いつも心のどこかで弓道のことが引っかかっていた僕は、2年生になったふたりに、まだクラブに興味を持っているかどうかを聞いてみた。
「もちろんです」
積極的な返事を受けた。それから、本格的に弓道部設立にむけて動き出した。
僕とふたりの学生、それと日本研究センターの事務の方4人で「弓道部設立に向けて」というLINEグループを作った。すると、すぐに学生や教員全部で20人以上が加わった。弓道に関心をもつ人の多さに驚いた(まあ一部は、「かっこいい」とか、「袴を履いてみたい」とかの動機で、なんとなくメンバーに入ってみた感は否めないが)。
大学への部活設立申請手続きは、学生と事務の方にお任せした。僕は、道具購入の予算と弓道の先生、および練習場探しに奔走した。
翠山弓具店に改めて連絡し、大体の予算を出した。そして、8月、チェンマイ大学の学生や地域住民に向けた日本文化普及を目的とした弓道部設立プロジェクトとして、国際交流基金に道具購入の助成を申請した。なかなかにいい感触を得た。
場所については、チェンマイ大学内にアーチェリー場があるとともに、体育館やホールなども充実していて、教育機関の強みがあった。
難航したのは、先生探しだった。弓道は危険が伴うので、きちんとした有段者の先生に教わることは絶対条件だった。知り合いに当たってみるも、なかなか見つからなかった。
そこで、在チェンマイ日本国総領事館の方に、弓道部設立構想とともにご相談。ありがたいことに、領事の方も関心を持ち、一緒に探してくださった。
そして、ウボンラーチャターニー県で国際交流基金の日本語パートナーズとして教鞭を執られている先生を見つけてくださった。弓道五段の腕前をお持ちの方だった。
8月、僕はさっそくメールで連絡、zoomでお会いした。
「タイの大学の弓道部設立に関われること、大変嬉しく思います」
とても、ありがたいお言葉をいただいた。
そして10月、先生に実際にチェンマイ大学のアーチェリー場や体育館、記念ホールなどを見ていただいた。
型の反復やゴム弓、巻藁での練習は記念ホールで、実際に射的をする時だけはアーチェリー場を使えばいいのではないかとアドバイスくださった。
そして、今後もチェンマイ大学弓道部の先生として、弓道部に関わってくれることを快諾いただいた。
「弓道は道具も高くて、輸入も簡単ではありません。それに、弓道ができる環境も限られます。やりたい!と思っても、実際のところなかなか難しいものです。それでもここまで漕ぎ着けたのは大したものですよ。学生さんたちも元気でいいですね」
夜に、焼き鳥を食べながら先生はおっしゃった。その日は酒が進んだことは言うまでもない(先生は一口も飲んでいない)。
その頃には、国際交流基金からの道具購入支援が正式に決定された。とてもありがたいことだった。
道具輸入の関税の問題もあって、手続きはなかなかに苦労したが、12月13日、ついに日本研究センターに弓や矢、ゴム弓など一式が届いた。
こうしてチェンマイ大学弓道部(Chiang Mai University Kyudo Club)ができた。冒頭のふたりが弓道部の部長・副部長、ウボンラーチャターニー県の方が先生、僕は部活顧問となった。またチェンマイ在住で弓道経験のある卒業生が、先生の補佐役となってくれた。
正直、その場のノリと思いつきで始めた弓道部。半年ほど、手続きに奔走した。
でも、動き出したことで、なんとか形になった。一つ一つを乗り越えて、仲間ができていくことは楽しかった。「弓道部設立に向けて」というLINEグループ名が、「CMU弓道部」に切り替わった時、なんだか感慨深いものを感じた。
そして年末年始。弓道部は大きな一歩となる活動に加わった。これは、続きとしたい。
<関連記事>
・チェンマイ大学かるた部。第一回タイ・オンラインかるた競技大会、優勝ー!!!
・チェンマイ大学 かるた部、満を持して始動。
・チェンマイ大学日本語学科 百人一首かるた部。「北部タイ大学生百人一首大会」に袴で現る。
・百人一首かるた部の顧問になる

鼓舞のクリック、よろしくお願いいたします。






