バンコク・ドンムアン付近、赤服と部隊衝突。兵士が狙撃されたときの映像。



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タイはいったい、どうなってしまうんだろうか。

28日、赤服と治安部隊がまたもや衝突。

兵士1人が死亡、20人近くが負傷した。

現場は、ドンムアン空港から北へ約2キロ行った道路上。

死亡した兵士は、治安部隊と赤服の衝突地域に応援に駆けつけた者で、どうやら、治安部隊にデモ隊と誤認されて撃たれた可能性があるようだ。

今、赤服たちは彼らのトレードマークである赤いシャツを脱いでいて、誰がUDD(赤服)のメンバーなのか分からない状態にあるため、こうした誤射が発生したのだ。

兵士が撃たれた際の映像が公開されているが、それを見てもどこからの発砲かは分からない。




それにしても、タイは混乱が続いている。

最近の政府は反政府色の強いメディアを徹底的に統制するとともに、赤服をテロリスト集団と位置づけて批判。「赤服は王制打倒を狙っている!」の論調で喧伝することで、タイ国民の反赤服感情を煽っている。

政府のこうした動きを見ていると、脳裏をよぎるのが1976年10月6日「血の水曜日事件」だ。あんな悲惨な事態にならないことを切に願うばかりだ。

以前も紹介したけど、この映像、最近本当によく見かける。



誰も争いなんて望んじゃいない。



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ツイッターTwitterのもつ”情報”の質を、タイ・バンコクの赤服騒動で思う。



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僕はツイッターTwitterに触れて、まだ間もない。ようやく2ヶ月が経ったにすぎない。

でも、今回のタイにおける一連のタクシン派赤服の騒動に関するツイッター上の”つぶやき”をみていて(まだタイ・バンコクの混乱は収まっていないけど・・・)、その可能性を肌で感じた。

僕が感じた、ツイッター上の”情報の質”がもつ特色や可能性は次の点だ。

(1)情報の即効性
(2)情報を担う権威を相対化する
(3)情報に対する姿勢が変わる
(4)情報が、共有を楽しむ皆の心で支えられている



(1)情報の即効性

これは言わずと知れている。とはいえ、”生の情報”が”瞬時”に流れるタイムラインを見ると、やはり、驚かされる。

たとえば4月10日、タクシン派の赤服と政府治安部隊が武力衝突した。

あの日、在タイの日本人のツイッター利用者の方々は、時にはリポーターに、時には記者に、時には評論家に、時にはタイ人のつぶやき(タクシン氏やアピシット首相を含む)やタイニュースの翻訳者に・・・となって、個々人が何役もの役割を演じつつ、皆で赤服に関する一つのデータベースを築き、情報を共有した。

この即効性は、ネット上のニュースサイトならまだしも、一般の新聞記事なんか相手にならないスピードだった。

次の日の朝刊を読んでいる頃には、「いや、いや。新しい情報がすでに流れているわぁ~」みたいな場面が多々あった。




(2)情報を担う権威を相対化する

これは、(1)に関わるが、”情報を人々に伝える”という一義的な意味に沿って考えると「新聞の役割って?」というところに、どうしても行き着いてしまう。

まぁ、ツイッターのつぶやきは文字数に制限があるので、言いたいことを、まとまった文体で書くという点には不向き。だから、その不利な点を新聞なんかが担う、ということはもちろんできる。

それでも新聞の論考は、あくまでも色々なメディアのなかの一つ。いまやブログやホームページ上でも、重要な情報や、それをもとにして書かれた優れた論考が、発信され続けているのだ。

ということで、これまでの権威に支えられた新聞などのマスメディアは、一定度、相対化されてしまう。そんなパワーをツイッター(だけでなくブログなども)の情報の質は秘めている。




(3)情報に対する姿勢が変わる

これまでの新聞やメディアの発信する情報は、新聞社から読者へという形で、どうしても一方通行的だった。そしてそこには、イデオロギーの”押し付け”や、情報操作(表現を微妙に変えたりして)が、少なからずあった。

しかし、ツイッター上のタイムラインで語られる一情報は、多くのなかの一つの意見にすぎない。場合によってはスルーされることもあるし、それがきっかけで議論が始まることもある。

そんな様は、新聞などが行ってきた、イデオロギーを帯びた情報の一方通行の性質(あえて極論を言えばだが)とは、大きく異なる。

ツイッター上の言説は、短文がゆえに比較的イデオロギー性が弱い(たとえ、イデオロギーを帯びるにしても、それが多々ある情報の中の一つでしかなく、しかも情報を得る主体がどの情報をストックするか選択できる)。そんな情報が一方通行ではなく、皆と共有するかたちで流され、しかも気軽に意見交換をすることなんかもできる。

これまでの情報に対する向き合い方とは大きく異なるのだ。




(4)情報が、共有を楽しむ皆の心で支えられている

今回の赤服に関わる動向をつぶやく人々の語りを見ていて、一番感じとれたことがこの精神性だった。基本的にツイッターのタイムラインは、情報を出し合って共有することに対して前向きな人々によって作られている。

これは情報の質を大きく変える、重要なことだと思う。

これまでのメディアは、情報発信が仕事となっている以上、日々発信し続けねばならないという拘束性に縛られる。そうなれば、内田樹先生に従うと、新聞で語られる言説というのは定式化してしまう。

それに対し、ツイッターは(ブログやネット関連のものの多くが該当するが)「言いたいことがなければ黙っていればいい」という自由性を備える。

基本的に、言いたいときだけ言う環境にあるのだ。

だから、今回の赤服の情報なんて、本当に語りたい人たちがつぶやいて、皆で共有しあっている。

ルーチン化されて生み出される情報と、皆で情報を共有しあうことに心をワクつかせる人々が積極的に流す情報、どちらに魅力があるか、言うまでもない。


というわけで、今回の赤服騒動で(まだ、終わってないけど。というか、むしろ泥沼化してるけど・・・)、ツイッターの情報の可能性を大いに感じたのでした。



あ、最後に余談。

今回の赤服騒動を通じて(終わってないけど)、なんか変な連帯感が生まれる感覚を経験した。

ある人が赤服の集会場付近で渋滞に巻き込まれて、なかなか帰宅できずに困っていた。ちょうど10日で、赤服と政府治安部隊との間で緊張感が高まっていたときである。

そんな時、ツイッター仲間たちは心配し合い、そして、無事帰宅できたことを知ったときには、皆でホッとしたものだ。

ツイッターのもつ情報性以外の、すばらしい点の一つかな。


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タイのCM 生命保険 My Girl編



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「初めて君に会ったあの日、僕は約束したんだ。

僕は君をいつまでも愛し、そして、いつまでも見守り見続ける、と」





そんな出だしで始まる、このCM。

本当に心温まる映像だ。

毎回そうなのだが、タイの生命保険のCMは、人々に多くの感動を与える。

僕は正直、「保険」というサービス自体を好みはしないが、でも、タイでのそれに関するCMにはいつも泣かされている。


泣きながら謝る娘を抱きしめ、

「父さんは、娘を愛しているんだ・・・」

うーん。やっぱ、グッとくる。





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赤服の仕業?バンコク・シーロムでの爆発直後の現場映像。



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赤服と政府の対立で混乱をきわめるバンコク。

22日の夜には、シーロム交差点にて、小型砲弾数発が打ち込まれるという事件が発生した。

これにより、タイ人女性1人が死亡、反赤服の市民など90人近くが負傷した。

タイ政府は、この爆発を赤服によるものと表明し、現在、バンコクでは反赤服の世論が高まっている。

この爆発事件直後のシーロムの様子が、YouTubeにアップされているが、その映像を見ると、事件の悲惨さが伺える。



おびただしい血痕、割れた窓ガラス、混乱した現場状況。

うーん。恐ろしい。

それにしても、映像途中2:20あたりから現れる、爆笑するおばちゃんは、気持ち悪いにもほどがある。


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タイ(シャム)と沖縄(琉球)の歴史性を思う。



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この写真。バンコクの街中の一路地を写したものだ。

ビルが乱立する大都会バンコクで、これだけ空が広く見えることは、珍しい。


この風景を目の当たりにして、僕は「なんか、沖縄みたいだなぁ」と即座に思った。

よく、沖縄とタイの雰囲気の共通性を耳にすることがあるが、こんな一路地でも思わせることがあるものだ。




沖縄ータイの関係は、深い。


沖縄の前身=琉球王国の海外貿易の状況を良く示す一級史料『歴代宝案(れきだいほうあん)』を分析して、琉球王国が、中国や日本、東南アジア諸国と活発な交易を展開し、アジアの国際舞台を支える重要な地域であったことを明らかにしたのは高良倉吉先生(アジアのなかの琉球王国 (歴史文化ライブラリー))。

先生によると、1425年からの150年間で、琉球王国が一番多く貿易していた相手がタイ(当時シャム・首都アユタヤー)だった。

期間中、琉球からシャムに向かった舟の総数は60隻(ただし、『歴代宝案』は編纂されていて、本当はもっと上回るらしい)で、2位のマラッカ行き20隻を、大きく引き離しているのだ。

15世紀から、琉球とシャムの関係性は深いものがあった、のである。両地域の関係性は、かれこれ600年になろうか。

ということで、文化交流もあったろう。

互いに多くの影響も受けあったことだろう。

まぁ、だからタイと沖縄の町並みが似る、と言い切ることは短絡に過ぎるが、それでも、その歴史性は軽視できないだろう。

そんなことを、バンコクの一路地で思ったしだいである。


ちなみに、15世紀のシャムー琉球の貿易によって、ラオロンというシャムの酒が琉球に入ったが、これが、泡盛の元祖になったなんて説もある。東恩納寛惇氏は「泡盛雑考」の中で、ラオロンの風味や香り、製造方法が、泡盛の古酒とまったく同じことに着目し、泡盛の起源をタイに求めたのだ。

まぁ、泡盛の元祖=タイと決めつけてしまうのは早急な気もするが、それでも両国の関係性というのは深くて興味深いものだ。


<参考>




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タイのCM 飲酒運転禁止広告~エットに電話する!編~



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今日は久しぶりに、タイのCM紹介。

以前、このブログではタイの泣けるCMを多く紹介してきたので、たまには、逆に泣けないCMを紹介したいと思う。

では、”逆に泣けないCM”の背景について。


ソンクラーンの時期に発生する大きな問題。それは交通事故だ。

毎年この時期には、多くの死傷者が出るため、政府は交通事故防止を防ぐべくあの手この手を尽くす。特に徹底されるのが、飲酒運転防止だ。

しかし、ソンクラーンのお祭り騒ぎで飲酒をしてそのまま運転。交通事故へというケースはあとを絶たない。

昨年度にいたっては、4月10-16日の間に起きた事故の総件数は3,977件。死亡者数373名、負傷者数4,332名だった。交通事故原因の一番は、やはり飲酒運転だったという。

で、今年に関しては、12-15日までの4日間で死亡者数212人。負傷者数が2,734人。

あと数日でどれほどまで増えるかは、まだ分からないが、いずれにせよソンクラーン中は、事故件数が相当に増えるのだ。


ということで、今回紹介する、逆に泣けないCMは、この時期、幾度となく流される。

飲酒運転防止のためのCMで、内容としては、激しく酔っ払ったおっちゃんが、エット君に電話して、飲み屋を紹介してもらうというものだ。

映像だけでも十分に伝わるのだが、短いCMなので、会話の模様も記しておきます。参考までに。




酔 「俺は酔っ払ってる。でも、まだ酒を呑みたい。だからエットに聞いてみる。
  ・・・エット!以前、金曜日に一緒に酒を飲んだ店はどこだ?」
眠 「おーい。すでに酔っ払ってるのに、どこに行くんだ」
酔 「いいから早く言え!」

眠 「公衆電話を左に」  
酔 「左に曲がった!」

眠 「まっすぐ行って」
酔 「まっすぐか!」

眠 「クエイティアオ(麺)屋があるだろう」
酔 「ああ。右か?左か!?」
眠 「左」

酔 「早く言え!」
眠 「落ち着いて、落ち着いて」

酔 「オーイ!」

眠 「木々が沢山見えるでしょう」
酔 「見える」

眠 「そこを左」
酔 「左~」

沢山の警察たち、笑顔でお出迎え。
エットは静かに受話器を置き、もう一眠り。
”酔っ払い運転は、逮捕されて、罰金を支払います・・・”とさ。


こうしたCMを流して、飲酒運転を防止しようと試みられているのである。


一昔前は、ワイロが横行したタイの運転事情。

今のタイでは、いや、少なくともバンコクでは、飲酒運転に関してかなり規制が厳しくなっているようだ。(地方は・・・うーん。色々な場面を見たからなぁ。疑問・・・)


それにしても、CMの警察官たちの笑顔と立ち振る舞いを見ると、どうしても半笑いになってしまう。


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赤服で混乱するタイ・バンコク。それでもカオサン通りは大騒ぎ。



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ソンクラーン最終日。

タイ人に夕食がてら、水掛けを見に行こうと誘われた。ソンクラーンだからってあまり部屋に篭るなと言われ。

場所はカオサン通りだという。

いやいや。確かに、カオサン通りにおけるソンクラーンの水掛けのスケールの大きさは有名だ。

しかし、カオサン通りは数日前、軍隊と赤服のあの痛ましい衝突があった場所。多くの死傷者が出たこともあり、カオサン通りの店側は、今年の水掛に関しては中止すると決定したはず。

が、タイ人いわく、赤服はもう別の場所に移っていて、カオサンは例年通り盛り上がっているとのこと。

ということで、恐る恐る、のぞきに行くことに。


行って驚いた。

沢山の人が道で水遊びに興じ、踊っている。



人種に関係なく、皆で水を掛け合い、大はしゃぎだ。






まったく例年と変わらぬ、カオサンのソンクラーンだ。




なんというか、数日前の衝突はなんだったのだろうか。嘘のようだ。

いやはや。

というわけで、衝突時とソンクラーン時の現場の状況のギャップはかなりあるが、でも、まぁそこがタイらしいといえばタイらしいか。


でも騒々しいのがあまり好きじゃない僕たちは、結局、カオサンに長居することなく、違う場所の屋台で簡単にご飯を済ませて、すぐに帰宅した。

質素なご飯が一番だ。一杯30バーツ(90円弱)なり。


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友達の帰国



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 15日の朝7時過ぎの便で、これまでタイで仕事をしていた日本人の友達が、日本に本帰国した。

彼女は、約2年半、バンコクにて仕事をしたことになる。

色々と僕と重なる偶然が多く(同い年、地元が近い、僕の親友と高校が一緒、彼女のかつての勤務先が僕の家から数分、色黒、など・・・)よく酒を呑んだものだった。

そんな彼女が帰国したのだ。


ということで、14日の夜から、こっちの友人何人かで呑み会を開き、彼女のバンコク最後の夜を皆でワイワイと過ごした。

よくこの部屋で皆で酒を飲んだなぁなどと思うと、少し寂しくなり、部屋中を写真に収めておいた。


そして、なんだかんだで、朝4時まで酒を呑み続け、その友達はそのまま飛行場に向かうことに。

アパートの下でタクシーを拾うと、彼女は大きな荷物を抱えながら、飛行場へと向かっていった。


走り去るタクシーを見ながら、もう1人の友人が

「また1人、帰って行ったなぁ」

と言った。


彼は、ぼくよりも長くタイに住み、そしてこれから先もかなり長くタイにいるだろう。沢山の別れを経験してきたろうし、これからもしていく。

思うところ、やはりあるのだろうか。


異国に住むと経験する、友人の帰国。寂しいけど、しょうがない。





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タイ・ソンクラーン。赤服だって、水掛け祭り。



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タイはソンクラーン真っ只中。街では水鉄砲が売られ、水掛けに備えられる。




水掛けを皆で楽しむのだ。


で、先日軍隊と衝突した赤服たちも、今は水掛けに興じているらしい。

アピシット首相邸宅を包囲している赤服たちなんて、音楽を流して踊ったり、首相を警備する警官と一緒になって水掛けをしているという。


いやはや、タイ人らしい。

でも、先日のような痛ましい暴動ではなく、みんなでワイワイと水掛けに興じているほうが、よっぽど似合っていて、微笑ましい。

暴動で犠牲になったロイター村本博之さんの遺品のビデオに収められていた、痛ましい現場の映像(http://blogs.jp.reuters.com/blog/2010/04/13/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E6%98%A0%E5%83%8F/)を見ると、尚のこと、そう思わずにはいられない。

皆で水鉄砲でワイワイやっているタイ人が、僕は好きだ。


さて、ソンクラーンということで、家の近所には特設的に仏像が安置され、それに皆が水を掛けて、新年を祝っている。


ということで、僕も、水を仏像にかけて手を合わせた。

なんか、マックの人形もお願いしているみたいだわ。


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200年前のソンクラーン(タイ正月、水掛祭り)と今。



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今日から、ソンクラーン。


赤服と政府との対立で、色々と混乱しているタイだが、それでもお祭りはお祭り。

しかも1年で一番重要な祭りと言っても過言じゃないソンクラーンなので、こんな状況下でもそれなりに街は盛り上がるだろう。

「多くの犠牲者が出た先日の赤服と軍隊との衝突のあとに、まったくもって不謹慎な・・・」と思うかもしれないが、でも、それはそれ。

論調としては、「今も、世界中の恵まれない人々が次々と餓死しているのに、酒を飲んではしゃぎやがって・・・」と大差ない。


ソンクラーンの水掛けは、長い歴史を持つ。

たとえば、タイのお隣ビルマにおける1795年のソンクラーンを見たイギリス大使サイムズもこの祭りについて記述している。

”この日、娘たちは、若者に出会うと、相手かまわず水を浴びせる。もちろん若者も負けていない。そのお返しとばかり、娘の姿をみかけると、我れ先に と水をかけてまわる。見ているだけでも楽しい。ましてや、遊びに参加する娘や若者たちの楽しさは、如何ばかりであろうか?・・・”
(原本Symes, An Account of An Embassy to the Kingdom of Ava p.210 日本語訳は、タイ民衆生活誌 (1) (東南アジアブックス―タイの文学 (13))95頁より引用)

200年以上前のソンクラーンの様子。

隣の国に関する記述だが、今と同じだ。


そして、今さっきコンビにへ行ったのだが、道端で水遊びをしているグループが。


道行く人や車に、水をかけている。


子供たちなんて、大はしゃぎだ。楽しい水遊びが、公然とできるわけだ。誰に水をかけても文句は言われない、最高の祭りなのだろう。



やっぱり当時と大差ないなぁなどと、微笑ましくみていたら、バシャリと水をかけられた。



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最悪な事態。バンコクのアパートにて。



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さっき、最悪の事態にあった。



赤服と軍隊の衝突で混乱しているバンコクにある今、僕は一応、特に用のない限りは外出を控えている。

まぁ、僕の住むアヌサワリーチャイ(ビクトリーモニュメント)付近は、全く赤服の影響もなく、平穏なものだが、それでも一応、だ。



ということで、暑いタイ。今の僕は、ほぼパンツ一丁姿の生活だ。

ところが、それが、大変な失態につながってしまった・・・。


タイのアパートというのは面白いもので、ごみ出しが非常に楽。

瓶だろうと缶だろうと、生ごみだろうと、なんだって分別することなく、アパートの階ごとに設置されている共有のゴミ箱にごみを捨てることができる。

しかも日本のように、何曜日は燃えるごみ・・・みたいな感じもない。

いつでも、どんなごみでも、共有のゴミ箱に捨てればいいわけだ。

環境への配慮は一切なさそうだが、楽は楽といえよう。



で、僕はその共有ゴミ箱のすぐ近くの部屋に住んでいる。だから僕は自身の部屋にあまりごみをためない。

すぐに、共有のゴミ箱に持っていってしまうわけだ。(でも缶や瓶は分けるくらいの分別はしている。どうも気になるのだ。日本人らしさかな?)


で、さっきも、ご多分にもれず、共有ゴミ箱に捨てに行ったわけだが、そこでハプニングが。

風でドアーがしまってしまい、運が悪いことに鍵がかかってしまったのだ。

無論、僕はパンツ一丁。しかも、裸足。

ありえない状況だ。しばらく呆然とする。何が起きたか把握できない。

一応、ドアーに行って、無駄に”がちゃがちゃ”やってみる。そんなので開くなら、鍵の意味はないことくらい、今になれば冷静に思える。


仕方ない。管理人室に行くしかない。


でも僕は8F。管理人室は1F。

エレベーターが一つの試練だ。

パンツ一丁の裸足の男が、1階に向かう姿は、あまりに不審者すぎる。

最悪の事態だ。


とはいえ、仕方がない。

意を決する。

エレベーターの呼ボタンを押す。

「チーン」

そこで、誰か乗っていては、その人にとっても、自分にとっても、あまりに衝撃的過ぎるので、隠れていた僕。もちろんパン一の裸足姿。

幸いにも誰も乗っていなかった。

そこで僕は、エレベーターに乗り込み、1Fをおもむろに押した。


エレベーターは静かに1Fへと向かった。

緊張の面持ちで、7F、6F、5F・・・と見守る。


「チーン」

”マジか!?”4Fで止まろうとするエレベーター。


”最悪だ。やばすぎる・・・”

”どうする?!パンツ一丁に裸足が当たり前の生活、的な顔をするか。それとも、ダッシュですれ違うように、降りてしまおうか。でも、それを目の当たりにした相手は衝撃的なすぎやしないか?”

などと、あれこれ考えて、結局最善策がまとまらないまま、ドアーは開いてしまった。

高校生くらいの男の子だった。

”よかった~。とりあえず、女性じゃなくて”


とはいえ、パンツ一丁で裸足なことは事実。

パニックな僕はその男の子に向かって、「いやぁ、鍵が閉まっちゃって・・」と極めて明るく、笑顔を傾けた。やましいことがあると自分から話しかけるという好例だろう。

男の子は、「はぁ・・・」とだけ言った。


微妙な二人のエレベーター空間。

なぜか裸足でパンツ一丁の30の男が、高校生男子と一緒にエレベーターに乗っているのだ。変な空気じゃないわけがない。

目のやり場に困る。まぁ、相手はもっとそういう思いだったかもしれない。


さて、あとは1F。

ここで、誰もエレベーター待ちをしていないことを祈る。

2Fから緊張。

「チーン」

開いた・・・。

いた・・・。

おばちゃんとその娘さんだ。

2人はもちろん僕を見る。そりゃそうだろう。なにせ、パン一で裸足だ。

僕はササッとエレベーターを降りた。


管理人を探す。

最悪にも、沢山の人々と外で話をしている。

本当に、最悪が続く。


でも、話すしかない。僕は開き直り、その輪に向かって「いや~鍵がかかっちゃったんだけど」と笑顔で言った。

僕を見た多くの人々の会話は一瞬止まったのは言うまでもない。なにせ、何度も言うが、パン一で裸足だ。

でも、タイ人は優しい。みな、すぐに状況を察したらしく、管理人に急いでやるよう促した。

管理人は、「そうか、ちょっと待ってくれ」と言って、スペアーキーを取りに行った。

その間、僕は無駄にその多数の人と話すことに。

やたらとテンションを高めた。あくまでも陽気に、自分の置かれた状況を楽しむ様を演出したのだ。

その時間は、本当に長かった。


管理人が、スペアーキーをくれた。

よかったぁ~という思いで、ダッシュでエレベーターに乗ろうと思ったが、後ろから痛いほどの視線を感じていたので、ゆるりと堂々たる様相でエレベーターに乗り込んだ。

あくまでも俺は余裕なんだ、という演出をすることを忘れなかったのだ。

エレベーターに乗り込むと、ようやく一息つき、そしてそれからは誰とも会うことなく無事、部屋に到着したのだった。


教訓。

部屋にいるとき、いや少なくともごみを捨てに行くときくらいは、上を羽織ろう!


最後に、ひとこと。バンコクがこんな状況下にあるのに、こんなふざけたことを起こしてしまってすみません。



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タイ、赤服と軍隊の衝突。アピシット首相の会見を通じて見える深層意識。



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昨夜の、治安部隊とタクシン派赤服の激しい衝突から一夜明け、今僕のすむアヌサワリーチャイ(民主記念塔)付近は特に変わったことなく、日常的な景色が広がっている。


現段階では少なくとも19人もの人々が死亡、800人以上の負傷者が出たと伝えられているが、そんな騒動があったとは思えないほど、日常の景色だ。


さて、昨日深夜、アピシット首相が会見を開いた。

そこで首相は、亡くなった方への追悼の意を示すとともに、今回の強硬手段について、赤服が法を犯した武装集団がゆえに踏み切った。あくまでも国の衰退を防ぐため、法に基づいて執行したと述べたのだった。

そこで、ツイッター上でもある方が言っていたのだが、アピシット首相が「同じタイ人同士」という言葉を使っていたことが、僕も気になった。

この言葉があえて多用されるのは、裏を返せば、地方、とくにタイ東北部イサーンの人々は、純タイ人ではないという意識が、首相を始めとした上流エリート層やバンコクっ子の人々の深層にあるからだと思う。

イサーンの人々は、もともと、ラオスからの移住者であり、それが”タイ国民”として組み込まれた歴史をもつ。

タイ国家が作られる際に、ラオスから移住してきた現在のタイ東北部に住む人々は、権力主体にラオス人としてのアイデンティティをことごとく捨て、”タイ”として同質化されることを強いられた。その結果として”タイ・イサーン人”が編成されたのだ。

だから、上流エリート層やバンコクっ子の人々は今でも心のどこかで、イサーンの人々を蔑視する節が見受けられる。”下等のイサーン人”という差別意識が、深いところであるように思う。

そんな深層意識が”同じタイ人同士”という言葉をあえて使うところで、表面化されているような、そんな気がしてならない。

歴史的背景が絡んでいるのだ。

この歌は、「かつてのように思い合うタイ人が見たい」というタイトル。



同じタイ人同士の争いは見たくない。けんかをしちゃ駄目だ、と歌っている。

というよりもこれからは、争うな、同じ人間じゃないか、って論調になればねぇ。

それにしても、映像が素敵だ。


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タイ、赤服と軍隊衝突。邦人死亡のニュースがツイッターを通じて駆け巡る。



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バンコクが大変なことになっている。

今日の午後から、赤服と軍隊が衝突。夜になっても収まることなく、激化の一途をたどった。

そして、ついには、戦勝記念塔付近で、激しいぶつかり合いとなり、今現在、少なくとも5人の死者が確認されている。

しかもそのうちの1人は日本人のロイター通信の方とのこと。

そうしたニュースは、在タイ邦人が、ツイッターを通じて刻々と発信。日本在住の人にもリアルタイムで次々と伝わっていった。

いや、日本だけじゃない。当然ながら、世界にも発信されていて、英語圏でも、亡くなったとみられる方の名前が瞬時に伝えられていた。

ツイッターの威力はすさまじい。


そして、今、報道は、赤服と軍隊の衝突の映像を極端に映し出していない。どうやら、政府による報道規制が入っている模様。


ソンクラーン(タイ正月)をむかえるこの時期に、こんな混乱した状況が訪れるとは・・・。



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