ツイッターTwitterのもつ”情報”の質を、タイ・バンコクの赤服騒動で思う。

僕はツイッターTwitterに触れて、まだ間もない。ようやく2ヶ月が経ったにすぎない。

でも、今回のタイにおける一連のタクシン派赤服の騒動に関するツイッター上の”つぶやき”をみていて(まだタイ・バンコクの混乱は収まっていないけど・・・)、その可能性を肌で感じた。

僕が感じた、ツイッター上の”情報の質”がもつ特色や可能性は次の点だ。

(1)情報の即効性
(2)情報を担う権威を相対化する
(3)情報に対する姿勢が変わる
(4)情報が、共有を楽しむ皆の心で支えられている



(1)情報の即効性

これは言わずと知れている。とはいえ、”生の情報”が”瞬時”に流れるタイムラインを見ると、やはり、驚かされる。

たとえば4月10日、タクシン派の赤服と政府治安部隊が武力衝突した。

あの日、在タイの日本人のツイッター利用者の方々は、時にはリポーターに、時には記者に、時には評論家に、時にはタイ人のつぶやき(タクシン氏やアピシット首相を含む)やタイニュースの翻訳者に・・・となって、個々人が何役もの役割を演じつつ、皆で赤服に関する一つのデータベースを築き、情報を共有した。

この即効性は、ネット上のニュースサイトならまだしも、一般の新聞記事なんか相手にならないスピードだった。

次の日の朝刊を読んでいる頃には、「いや、いや。新しい情報がすでに流れているわぁ~」みたいな場面が多々あった。




(2)情報を担う権威を相対化する

これは、(1)に関わるが、”情報を人々に伝える”という一義的な意味に沿って考えると「新聞の役割って?」というところに、どうしても行き着いてしまう。

まぁ、ツイッターのつぶやきは文字数に制限があるので、言いたいことを、まとまった文体で書くという点には不向き。だから、その不利な点を新聞なんかが担う、ということはもちろんできる。

それでも新聞の論考は、あくまでも色々なメディアのなかの一つ。いまやブログやホームページ上でも、重要な情報や、それをもとにして書かれた優れた論考が、発信され続けているのだ。

ということで、これまでの権威に支えられた新聞などのマスメディアは、一定度、相対化されてしまう。そんなパワーをツイッター(だけでなくブログなども)の情報の質は秘めている。




(3)情報に対する姿勢が変わる

これまでの新聞やメディアの発信する情報は、新聞社から読者へという形で、どうしても一方通行的だった。そしてそこには、イデオロギーの”押し付け”や、情報操作(表現を微妙に変えたりして)が、少なからずあった。

しかし、ツイッター上のタイムラインで語られる一情報は、多くのなかの一つの意見にすぎない。場合によってはスルーされることもあるし、それがきっかけで議論が始まることもある。

そんな様は、新聞などが行ってきた、イデオロギーを帯びた情報の一方通行の性質(あえて極論を言えばだが)とは、大きく異なる。

ツイッター上の言説は、短文がゆえに比較的イデオロギー性が弱い(たとえ、イデオロギーを帯びるにしても、それが多々ある情報の中の一つでしかなく、しかも情報を得る主体がどの情報をストックするか選択できる)。そんな情報が一方通行ではなく、皆と共有するかたちで流され、しかも気軽に意見交換をすることなんかもできる。

これまでの情報に対する向き合い方とは大きく異なるのだ。




(4)情報が、共有を楽しむ皆の心で支えられている

今回の赤服に関わる動向をつぶやく人々の語りを見ていて、一番感じとれたことがこの精神性だった。基本的にツイッターのタイムラインは、情報を出し合って共有することに対して前向きな人々によって作られている。

これは情報の質を大きく変える、重要なことだと思う。

これまでのメディアは、情報発信が仕事となっている以上、日々発信し続けねばならないという拘束性に縛られる。そうなれば、内田樹先生に従うと、新聞で語られる言説というのは定式化してしまう。

それに対し、ツイッターは(ブログやネット関連のものの多くが該当するが)「言いたいことがなければ黙っていればいい」という自由性を備える。

基本的に、言いたいときだけ言う環境にあるのだ。

だから、今回の赤服の情報なんて、本当に語りたい人たちがつぶやいて、皆で共有しあっている。

ルーチン化されて生み出される情報と、皆で情報を共有しあうことに心をワクつかせる人々が積極的に流す情報、どちらに魅力があるか、言うまでもない。


というわけで、今回の赤服騒動で(まだ、終わってないけど。というか、むしろ泥沼化してるけど・・・)、ツイッターの情報の可能性を大いに感じたのでした。



あ、最後に余談。

今回の赤服騒動を通じて(終わってないけど)、なんか変な連帯感が生まれる感覚を経験した。

ある人が赤服の集会場付近で渋滞に巻き込まれて、なかなか帰宅できずに困っていた。ちょうど10日で、赤服と政府治安部隊との間で緊張感が高まっていたときである。

そんな時、ツイッター仲間たちは心配し合い、そして、無事帰宅できたことを知ったときには、皆でホッとしたものだ。

ツイッターのもつ情報性以外の、すばらしい点の一つかな。


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