BODY SLAMの新曲第2弾「クワームラックความรัก(愛)」



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ちょっと、ウボンでのセミナーに関するレポートを休憩。

僕の好きなタイの人気、いやさ大人気バンド、BODY SLAMの新曲第2弾のYouTube映像を載せてみます。

曲名は「クワームラックความรัก(愛)」。

新曲第1弾の「クラームคราม(藍色)」よりもスローなテンポで、映像がなかなかカッコいいです。

それにしても出家を終えたトゥーン君(ボーカル)はだいぶ髪の毛が伸びたなぁ。ま、昔のような長髪にいたるにはまだまだ時間がかかりそうだけど。



          <クワームラックความรัก(愛)>


ついでに、クラームも。


          <クラームคราม(藍色)>

久しぶりにBODY SLAMのコンサートに行きたくなってきた。



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ウボンの社会問題セミナー~初日午後、討論会~



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セミナー初日。午前中のプログラムが終わると、ウボンラーチャパット大学文化センター内にて、皆で昼食をとった。朝から何も食べていない僕は、正直、この時間を待ちわびていた。

昼食は、丸テーブルを5,6人で囲んでのものであった。ということで、いくら腹が減っているとはいえ、小心な僕は緊張しないはずがない。ま、先生が横に座っていたことは大いなる救いだったが。

食事中、もう一方の隣に座ったおっちゃんが、やたらと笑顔で話しかけてきた。話しかけてくる内容はセミナーに関するものであり、ウボンの社会問題に対する意識の高さが伺える。

でも僕は、おっちゃんの言葉に「はい」とか「へぇー」とうなずきなら、隙をみては食事に走った。いかんせん腹が減っていたのである。

突然先生が、隣のおっちゃんに、僕の名前と日本人であることを紹介してくれた。

そこで、おっちゃんは僕が日本人であることを初めて認識し、驚いた様子。どうやらおっちゃんは、「はい」くらいしか言わない、無口なタイ人だと僕のことを思っていたようだった。

僕は食事をしながら、隣のおっちゃんに自分の研究内容を話すと、そのおっちゃんは興味を持ち、いろいろと教えてくれた。明日にはそれに関する資料を持ってきてくれるという。非常にありがたい話である。(ま、実際には、そのおっちゃんはセミナー2日目に来なかった)




さて、午後1時になり、僕は3グループの部屋へと入った。

部屋には15人くらいの人びとがいて、まずは簡単に自己紹介。郡の役所の人や、村長などが集まっていた。




僕は、日本から来たこと、そしてイサーンの村の歴史や文化に興味をもっていることを簡単に述べた。

そして、そこから休みなしの4時間。4時間、ずっと討論である。

ウボン県が抱える問題点、解決方法などを、みなでとことん話しあう。村・郡の人々が、ここまで現状に対する問題を深く認識し、考え、討論し、答えを出していくのかと、その圧倒的なパワーに驚かされた。

ただ、グループの中に一人の僧侶がいて、この僧侶の話がちょっと長くて参った。けどまぁ、そこは言いっこなしだ。ありがたく拝聴すべきだろう。



また、討論の聞き取りが僕にとって非常に困難だった。ウボンの郡・村の人々ということで、やはりラオ語が主だったからだ。

討論をしている人たちは時折、先生や僕に対して、「ラオ語で討論してしまってますが、大丈夫ですか?」と問いかけてきた。先生はタイの中部地方出身なので、コアなラオ語は不明な点もでてくるのだろう。いうなれば、関東県出身者が、かなり強度な東北弁で展開されている議論に参加しているようなものだろう。

でも、もちろん謙虚が売りな先生は、「大丈夫です。まったく問題ないです」とラオ語で答えていた。でも、僕に関して言えば、正直分からない言葉が多かった。

それはさておき、4時間におよぶ討論の末、ようやく一定度の結論が提出された。それは次のようなものである。

①ウボンの抱える問題点と解決すべき順位
1位 大人たちの振る舞いの悪さ
2位 家族の問題
3位 社会的環境の悪さ
4位 若者たちの問題
5位 借金の問題

②解決方法
・大人たちの振る舞いを改善するために人びとで教育しあう
・若者たちに社会的な活躍の場を設ける
・社会的な良し悪しの判断の向上をはかる
・仏教的教えの普及

③誰が一番の主体か
・村長や群長、僧侶などの社会を引っ張っていくものが主体となっていく。もちろん、村人個人個人の人間的向上が基本となる。

結論自体は特に真新しいものではないかもしれないが、それまでのプロセスに意味があったと思う。

議論は当初、参加者がそれなりに年をとった人たちが主だったということもあって、若者の悪い点が強調されていた。暴力、酒、麻薬、性のみだれ・・・などだ。

しかし、次第に、そうした若者は、結局のところ親や周りの大人たちの影響をたぶんに受けているのであり、それはつまり我々大人たちの振る舞いにこそ問題があるという結論にいたったのだ。

やはり議論や論文は、プロセスが面白い。

こうした討論結果を引っさげて、明日は、各グループによる発表会となる。



セミナー終了後、明日バンコクに戻ることになっている先生とともに、いろいろなことを話しながら、ブラブラとウボンの街を歩いた。

先生は僕の拙いタイ語を必死に理解してくださり、真摯に答えてくれた。そして、来週研究所に行くことを約束して、先生と別れた。


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ウボンの社会問題とその解決方法を探るセミナー~初日の午前中~



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トゥクトゥクを飛ばして約5分。約束時間ぎりぎりで、ウボンラーチャパット大学に到着した。

しかし、ウボンラーチャパット大学の中で、セミナーが行われる”スーンワッタナタム(文化センター)”が、これまたどこにあるのか。

焦る心で、通りかかった若者に聞いてみたところ、運よく、目の前にある立派な建物がそうだった。



「これが、ウボンラーチャパット大学・文化センターか。すばらしい外観だ。ほー」と感心する。

と思っていたら、待ち合わせをしていた先生が門の前に。

タイ式の挨拶”ワーイ”をしながら、「遅れてすみません」と言うと、笑顔で「大丈夫、まだ始まっていないよ。先に4Fに行ってて下さい。僕はもう一人の先生をここで待たねばならないから」という至極優しいお答え。

この先生は本当に物腰柔らかく、謙虚だ。年は40歳前後だろうが、ものすごい落ち着きようである。こんな風に年をとりたいものだ、と思う。




さて、今回のウボンラーチャパット大学でのセミナー。

そのテーマは、

”ウボンが現在抱える社会問題とは何か?そしてそれをどのように解決すべきかを皆で探る”

というものだ。


セミナー会場には、70人くらいの人びとが集まっていた。そのうち20人くらいは僧侶。日本のセミナーや学会では、ちょっと考えにくい構図である。



そして、これもまた日本では考えにくいことだが、セミナーは仏教儀礼をもって開始された。代表者が、舞台にある仏壇のロウソクに火をつけ、皆で読経をすることから開始されたのである。

さて、午前中は社会問題に関する2つの発表があった。

ウボンラーチャタニー県知事による「仏教的教えに則ってのウボンの人びとの成長」と、トゥンシームアン寺の住職による「仏教的教えによる人びとの成長」である。


          <ウボンラーチャタニー県知事>


          <トゥンシームアン寺の住職>


両者ともに、現在ウボンやその他の地域が抱える問題は深刻の度合いを深めつつあり、そこでは人間的な成長が不可欠であるという問題意識に基づき、仏教的な教えにしたがって人間的な成長をはかることで社会問題を解決して、ウボンを発展させなければならないと主張していた。

ウボンに現在横たわる問題は、麻薬、少子化、家族あり方の変化、乱暴な若者の増加などさまざまあり、それは、西洋や日本などの先進国が抱える問題と大差がない。世界の各地で直面している共通の社会問題に、タイの一地方の人びとが仏教的教えを基礎とした解決策の模索を提案しているのである。

深刻な社会問題を仏教的な視点から解決策を見出そうとする一地方の動向と結果が、今後の世界の社会問題の解決策に有益なモデルケースとなれば面白いと思う。

だからこそ、仏教的な精神論に終始することなく、解決方法をもっと具体的に提示して欲しかったようにも感じた。具体的な方法をもっとつめれば、議論はもっと有益なものになるだろう。

また、こうしたセミナーは、ビデオに撮影してYouTubeやiTunes Uなんかにアップしたり、インターネットを通じてリアルタイムで諸外国に発信したりすべきだろう。英語に翻訳して、世界中の人びとが共有できるようにしなければならない。せっかく、有意義なセミナーをやっているのに、一地方の70人そこそこだけで議論が終始してては実にもったいないなぁ、と感じたしだいである。

さて、2人の発表が終わり少しの質疑応答が行われたあと、昼食となったのだが、その前に午後のプログラムが発表された。

プログラムは、

①ウボンが抱える社会問題とは何か?
②数ある社会問題の中で何が一番早急に解決すべき問題なのか?
③それを解決するための方法とは何か?
④村や県はそれぞれどういった役割分担をすべきなのか?
⑤誰が一番の主体となって社会問題と向き合うべきなのか?

といったテーマを、①僧侶、②先生、③村の役員クラス、④医者・官僚、の4グループに分けて討論しあうというものであった。

午後1時から5時までみっちりと行なう、という。

僕は③の村の役員クラスによる討論会に参加することを決めて、昼食会場へと向かった。



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距離感



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目的のホテルは、トゥンシームアン公園の近くにある”モンタナホテル”。

僕の持っている『地球の歩き方05-06年版』によると、「450バーツ(約1200円)で部屋は清潔」とある。しかも、僕の記憶が正しければ、2-3年ほど前にウボンに訪れたときに泊まったホテルのはずだ。まずまずの印象を持ったのを覚えている。

ソンテウは、だんだんと薄っすらとした記憶がよみがえるような場所を走り出す。おそらく歩いたことがある地域だ。ホテルも見えてきた。分かった。昔の記憶が完全によみがえった。

ソンテウのブザーを鳴らして、ホテルの目の前で降りた。約5キロくらいの道のり。15分くらいは乗っていただろうか。値段は10バーツ(約28円)。おそらくウボンの市内一律10バーツなのだろう。安いもんだと思ったが、それでも『地球の歩き方05-06』には一律5バーツとあるので、ここ数年で2倍に跳ね上がったようだ。

ホテルに入り、部屋の空き状況を聞くと、完全に、あいていた。

500バーツと600バーツの部屋があり、高いほうは新しく改築したきれいな部屋だという。あまり、ホテルにいない僕はとりあえず安い方の部屋を見せてもらう。タイでは、部屋を見てから宿泊を決定することは、なんら問題ないのだ。

ボーイと共に部屋へ。まったく問題ない。そう感じた僕は、時間がないこともあって即決。


<部屋内。散らかっているのは、僕の性格の問題だ>


<トイレとシャワー>


<ベランダからの景色。中心に見える黄色い塔は、トゥンシームアン公園にある町のシンボル。ろうそく細工がモチーフ>



とりあえずフロントに戻って名前や住所を書き、ついでに、今日の目的地であるウボンラーチャパット大学の位置を聞いた。すると、ソンテウの10か11に乗るか、あるいは歩いても遠くはないという答え。

それで少しホッとして、部屋に戻りシャワーを浴びる。先生と会う9時15分には、まぁ、間に合うだろう。

とはいえ、もうすでに時は8時50分。荷物をバックに詰め込んで、さっそく出発した。

フロントで道筋を確認すると、ホテルを左に出てからまっすぐ。信号5つ目くらいを左に曲がれば大学だとのこと。全然遠くはないという。

タイ人が近いというのと日本人が近いというのは、感覚が違う。タイ人が歩いていけるほど近いというのは、相当近い気がする。というのも、タイ人が歩いていける距離なんてたかが知れているからだ。タイ人はとにかく歩かない。ちょっとした距離でもバイクなどの乗物に乗りたがる。歩くと暑くて疲れるからだ。

だから、ウボンラーチャパット大学も、タイ人が歩いていけるというのだから相当に近いのだろう。そう思って歩き始める。

しかし、歩き始めてすぐに「おや?」と感じる。

信号が見えない。果てしなく遠くに2,3個目が見えるだけで、5個目なんてまったく見えない。どうやら、あのホテルの人が間違えたのだろうと考える。きっと2個目くらいだったんだ。

しかし、2個目に差し掛かっても、それらしき建物は見られない。だんだんと汗が噴出してくる。朝とはいえ、じりじりと日が照り始めてきているのだ。それに、遅れるかもという焦りも加わっての汗だろう。

なんだかんだで15分ほど歩いて不自然さに気づく。一向にそれらしき建物はみられない。まさか道を誤ったのではないかと思い、車屋で車を点検していたおっちゃんに、ウボンラーチャパット大学の場所を聞く。

しかし、道はあっていた。次の信号を左に曲がればあるとのこと。その信号はかなり遠い。

でも、そのおっちゃんは、遠くはないと言った。そうか、さっきのホテルの人も、決して遠くはないことを言いたかったのか。別に近くもなければ、遠くもないといった距離か。

失敗したことに気づき、このままでは遅れると判断。ちょうどトゥクトゥクの上で寝っころがっていたおっちゃんにウボンラーチャパット大学へ行きたい旨を告げる。

おっちゃんは当然のように「80バーツ」と言う。いやいや一律10バーツの町で、しかもトゥクトゥクなら5分もかからない距離で80バーツはないだろう。

40バーツに値切る。それでも高いのだが、ここは仕方ない。でもおっちゃんは「60バーツ」ときた。仕方ない。50バーツで両者がおれて、トゥクトゥクに飛び乗る。

急ぎ、大学へと向かった。



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イサーン・ウボンラーチャタニー県に到着



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いつものバスよりも至極快適なナコンチャイエアー社のバスに揺られること、7時間あまり。目を覚ますと、すでに日が昇っていた。時計の針は6時半をさしている。もうすぐウボンラーチャタニーの町だろう。



バスの車窓から眺める村々では、村人たちの新しい一日がすでに始まっていた。

かまどに火をつけているのが見える。おばちゃんがこれから朝食づくりでもするのだろう。

上半身裸の男性が家から出てきて、大きく伸びをしている。起きたて丸出しだ。

鶏はせわしく村を歩き回り、犬はごろりと寝転がっている。

村の朝は、一様に早いものである。


僕がしばらく窓の外の村々を眺めていると、隣に座っていたおばさんが、「日本人か?」と話しかけてきた。「そうです」と答えると、「なぜウボンにいくのか、ウボンに恋人でもいるのか?」と問いかけてきた。

僕が、ウボンラーチャパット大学で用事があることを説明すると、おばちゃんは「そうか」と言ったきり、それ以上聞いてこなかった。

大学のことは興味がなかったようだ。ウボンに残した最愛の恋人と1年ぶりの再会なのです・・・、などとドラマティックな大嘘をついて、その場を盛り上げたほうがよかったのだろうか。タイ人はドラマ性が好きだ。

まぁ、それはさておき、バスは村々を抜けてようやく町らしい場所に入り、7時45分、ウボンの町のバスターミナルに到着した。

とはいえ、バスの乗客全員が降りているわけではない。どうやら次の停留所もあるようだ。

ので、とりあえず町の中心かと思われるトゥンシームアン公園に行きたい旨をバスガイドに告げて、ここで降りるべきかを尋ねた。バスガイドは朝から素敵な笑顔で、「ここで降りて、10番か11番のソンテウに乗るように」と教えてくれた。

リュックを背負ってバスを降りると、お決まりのようにトゥクトゥクの運転手からの誘いがくる。だが、ソンテウで十分だったので、トゥクトゥクの誘いを笑顔で断り、ソンテウに乗り込んだ。

ちなみに、ソンテウとは、小型トラックを改造した乗り合いバスのことである。タイの地方都市では、ソンテウが大活躍し、皆の足となっている。


<ソンテウの車。このソンテウには「ม」の文字が記載されている。ほかにも10や11などの番号が記載されたソンテウがあり、その番号や文字によってルートが変わる>


<ソンテウの車内の様子。車内というより、半屋外といえる>


さて、僕が乗り込んだソンテウには、朝8時前ということで、学校に向かう子供たちが多く乗っていた。ソンテウは停留所というものはなく、どこでも留めて、乗り降りすることができる乗り物。ということで、いろいろなところから次から次へと子供たちが乗ってきた。少々鬱陶しい。

ソンテウから町を眺めると、沢山の食堂や屋台が始動し、町はにわかに活気づいてきていた。ワクワクし始める。

僕は、タイでの旅では、たいがい夜行バスを利用し、旅先には朝に到着するパターンが多い。そこで、いつも思うのだが、到着したときの朝の感じはなんともいえず、気持ちがいい。体は、夜行バスの疲れでかなりだるいのだが、気持ちは適度に高揚しているのだ。朝の景色が妙に新鮮に感じる。

しかし、今回はそんな悠長なことは言ってられない。先生との約束の時間は迫っているのである。これから宿探しもしなくてはいけない。

それでも、「それはさておき、やっぱり旅先の朝はいいなぁ」なんてのん気に思いながら、半笑いでトゥンシームアン公園付近に向かった。



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イサーンのウボン県へ行く。~お勧めのバス会社~



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久しぶりの、ブログだ。

というのも、2月15日以降、タイ東北部(以下、イサーン)のウボンラーチャタニー県にあるウボンラーチャパット大学で行われたセミナーに出席するため、出かけていたのだ。

ウボンラーチャタニー県は、バンコクから北東へ600キロくらいに位置する。バスで8時間ほど、揺られなければならない。(飛行機ならば1時間かからないだろうが・・・)



ということでイサーンに行くのはいつも一苦労、なわけだが、今回、タイ人の勧めで利用したバスは、かなり快適だったのでブログに記しておこう。

バスの名は”ナコンチャイエアー Nakhonchai Air”だ。

エアーというくらいなので、サービスや座席は飛行機のそれがイメージされている。

写真は、ナコンチャイエアーのパンフレットだが、座席のすばらしさが伺えよう。各座席にはテレビや(僕が乗ったバスにはなかったが)マッサージ(これはあった)が装備されている。トイレもやたらと綺麗だ。





しかし当初は、パンフレットを見ても、あまり信用していなかった。どうせ写真だけだろうと思っていたのだ。なにせここはタイだ。しかも、他社と比較しても値段にさほどの差がない。おそらく、期待はできないだろう。

しかし、その思いはいい意味で裏切られた。

モーチットマイというバスターミナルで、2月15日夜11時15分発のバスを待っているとき、ナコンチャイエアーのバスが何台も出発したが、どれもこれもとても綺麗。そして、僕が乗るバスももちろんその例外ではなかったのである。

まず、バスに乗り込むと、明らかにスチュワーデスを意識した服装のバスガイドが、席に案内してくれる。

そして定刻より10分ほど遅れて、バンコクを出発。10分の遅れは、タイでは定刻といえよう。これまで利用してきたバスは、30分くらいは遅れたものだ。

さて、出発してすぐに、バス運転手が、

「こんにちは、みなさん。本日運転を務めますナコンチャイエアーの~~~です。こちらは23時15分バンコク発、ウボンラーチャタニー行きのバスでございます。皆様に快適なバスの旅をお届けいたします。私は皆様に安全運転することを固く約束いたします」

という、機長を意識したようなアナウンス。声も渋めだ。

うーん。ナコンチャイエアー。しっかりしている。

次にバスガイドも挨拶。そして、すぐに食事にジュース、水、お菓子のサービス。

そして、30分もしないうちに消灯。一切の休憩なしに、ウボンへと向かったのである。休憩なしは非常にありがたい。

というのも、他社のバスだと、必ず1度や2度、休憩時間を設ける。夜行だろうがなんだろうが、お構いなし。夜中の2時にたたき起こされて、食事が薦められたりするものだ。

それがないだけで、睡眠時間がずいぶんと違うものである。

というわけで、今回は行きも帰りもナコンチャイエアーを利用して、機長バリの運転手の言うとおり、快適な移動となったのである。


<ウボンでのバスターミナルにて。まるで飛行機のように荷物を預ける>


<ナコンチャイエアーのバスシート。マッサージもついていて快適である>


<ナコンチャイエアーのバス内。先頭付近にバスガイドが見受けられる>

そうだ。

値段についてだが、僕が利用したVIP(バス車内32席)は550バーツ(1400-1500円)くらい。この上のファーストクラスにすれば、700バーツ以上。車内は3列シートで24席。こちらはもっと快適な旅が約束されるだろう。


ちなみに、ナコンチャイエアーのパンフレットによると、以下のように、ナコンチャイエアーはタイの各都市をつないでいるらしい。参考までに。

①バンコク(エッカマイ)⇔ラヨーン
②バンコク(モーチットマイ、以下すべてモーチットマイ)⇔ラヨーン
③バンコク⇔チェンマイ
④バンコク⇔ウッタラディット
⑤バンコク⇔コーンケン
⑥バンコク⇔ウボンラーチャタニー
⑦バンコク⇔ブリーラム
⑧バンコク⇔シーサケット
⑨バンコク⇔スリン
⑩ウボンラーチャタニー⇔ラヨーン
⑪ウボンラーチャタニー⇔チャイヤプーム⇔チェンマイ
⑫ラヨーン⇔パッタヤー⇔チェンマイ
⑬ラヨーン⇔パッタヤー⇔チェンラーイ⇔メーサーイ



より大きな地図で ナコンチャイエアーの路線 を表示




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タイの伝統人形劇”アクサラ人形劇”と日本の文楽。



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スーパーリッチで両替を済ました後、セントラルワールドプラザ前で開かれている中国正月のイベント会場で、食事を買って帰ることにした。

イベント会場に行くと、閑散としていた先日とはガラリと変わり、大いに盛り上がっている。さすがに近く中国正月を迎えるだけある。

そして、特設ステージではなにやらイベントが行われている。

「あっ”アクサラ人形劇”だ!」

この人形劇については実は常々興味をもっていたが、実際に目にする機会はなかった。ということで、軽い興奮を覚える。ただ残念なことに、僕が舞台を見始めてから2-3分ほどで終了してしまうくらい、物語は終盤に差し掛かっていた。

アクサラ人形劇は、3人でひとつの人形を操って進行する劇である。3人でひとつの人形を操るという形態は、日本では”文楽”に相当しよう。というよりも、世界を見渡しても、3人で人形を操って劇を行うというのは、アクサラ人形劇と文楽のみらしい。

文楽とは人形浄瑠璃である。

そもそもの文楽は、1人が操り師が人形を操っていた。しかし、1734年に、竹本座にて「芦屋道満大内鑑」が上演される際に、吉田文三郎という人形遣いの名手が「操り3人がかり」と呼ばれる操り方法を考案・導入したという。以後、徐々に3人遣いが浸透しはじめ、宝暦期(1750年代)には現在ある形態になったのだ。

3人遣いは、「主遣い」(人形の首と右手担当)「左遣い」(左手担当)「足遣い」(足担当)に分けられる。主遣いになるには、「足十年、左十年」の修行が必要とか。

うーん、大変。


さて、アクサラ人形劇。

今回は終盤ということで話はさっぱり分からなかったが、中国の”天女の舞”か、インドの叙事詩”ラーマキエン”か。まぁ、ちょっと分からなかった。

最後に、人形がキッスをして人形劇は終わった。



去り際に、観客にワーイ(タイ人の挨拶)をして舞台を去っていったのは、タイらしく微笑ましい。



多くの外国人観光客も満足げに拍手していた。

さて、ほんの2,3分見たかぎりで気づいた文楽とアクサラ人形劇の違い。それは、

①3人で人形を操るには違いないが、文楽とは担当の仕方が少し異なる。アクサラでは、”右手と体”担当、”左手と体”担当、”そして”足”担当に、分担。アクサラでは、文楽のような”主遣い”というような中心的人間はない、のかもしれない。

②文楽は男性のみが人形を操るが、タイのアクサラ人形劇は女性も操る。しかも、女性の人形は女性が操っていたので、人形の性に人形遣いの性をあわせている可能性がある。

③アクサラ人形劇において人形を操る人びとは、上半身を使って人形を操るだけでなく、下半身は踊っている。アクサラ人形劇は、人形を操る人びとの踊りの要素も重要となっていると考えられる。文楽にはこの要素はない。

ということだろうか。

③に関していうと、たとえば、タイには、以前このブログでも少し触れた影絵芝居ナン・タルンというものがある。この影絵芝居の人形遣いは、タイの伝統仮面劇コーンの踊り手である。上半身を使って影絵をスクリーンに映し出しながら、下半身はコーンを踊っているのだ。

だから、上半身で人形を操りながら、下半身は踊るという形態は、タイではさほど珍しいものではないと思う。

それに、アクサラ人形劇は、タイの伝統仮面劇コーンの演じ手を父とするサーコン・ヤンキアウソットによって広められたということも、アクサラ人形劇における人形遣いの下半身の踊りの表現に多分に影響しているのであろう。

つまり、アクサラ人形劇では、使われる人形だけじゃなくて、人形遣いの踊りも組み合わさって、ひとつの劇が表現されるのである。

まぁ、しつこいようだがあくまでも印象なので、もっと深くつっこんでいかねば本当のところは分からない。内容面や舞台構造、音楽、観客など、はっきりいってなにも把握できていない。そもそも、なぜ文楽とアクサラ人形を比較するのか、その意味も分からない。

というか、ちゃんとアクサラ人形劇を丸々一本みなきゃだめだろう。

ということで、どこで見れるか調べてみた。

バンコクランナム通りの免税店キングパワー内に、アクサラ・シアターaksra theatreという劇場がある・・・・なんだ、アパートから歩いて5分もかからないじゃないか。



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タイ・バンコクのスーパーリッチは、ビール代になる。



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今日は、今流行のツイッターに登録してみた。

なんだかまだよく分からないが、比較的面白そうだ。



さて、今日は学校帰りにチットロムに寄った。日本円からタイバーツに両替をするためだ。

タイ・バンコクで両替をするならば、やはり伊勢丹前ビッグC付近にある”スーパーリッチSUPER RICH”であろう。スーパーリッチは、換金率が他の銀行よりも極めて高いのだ。(ただし伊勢丹前のスーパーリッチに限るようだ。他所(シーロムなど)にあるスーパーリッチの換金率はあまり高くないという噂を耳にする)



たとえば今日、スーパーリッチでの換金率は0.366。しかし、他の両替所では約0.360だった。

これはどういうことかというと、1万円を渡せば、スーパーリッチでは3660バーツに換えられるのに対し、他銀行では3600バーツになるということ。その差60バーツ(約160円)。

「なんだ、たかが60バーツじゃん」って思うかもしれないが、こっちで生活しているとこれが比較的デカイ。

1ヶ月に10万円を両替する場合には600バーツ違ってくる。600バーツといえば、日本円にすれば1600円くらいのものだが、タイでは結構な額だ。(たとえばタイでは、大学新卒者の初任給が9000バーツ(25000円)くらいで、最も所得が低いといわれる東北部イサーンともなるとその半分以下にもなる)

ましてや商売をやっている人で、月100万円単位でお金を動かしていたりしようものなら、スーパーリッチで両替をするか否やで、かなりの額の差が出るというわけだ。

まぁ、僕に関していえば、そんな大金を動かす人間でないことはいうまでもない。

それに、実際のところ、たまたまチットロム近くで用があったときについでにスーパーリッチへ行くくらいなもので、そうでなければ、他社の両替所で済ませることも、まぁ、多々ある。

スーパーリッチに行ったことで少しだけ浮いたお金は夕方のビール代になる、くらいの心持なのだ。

ちなみにタイの瓶ビール代は1本50バーツくらい。

まさに、ビール代を得るためのスーパーリッチなのだ。




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タクシン派赤服の集会を覗く(3)中国正月のお祭りムード高まる周辺。



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目と鼻の先でほんの数分前まで、タクシン派赤服による危険のともなう集会が開かれていたのに、ここはこんなにも落ち着いているのか、と感じずにはいられない。



ここはチットロムにあるセントラル・ワールド・プラザ前。さきほどタクシン派赤服による集会があった場所から歩いて3分ほどのところだ。

中国正月(今年は2月14日)を間近に控え、すっかりお祭りムード。

で、さっきまでの緊張感を一切なくし、すぐにワクワクする自分の単純さが、逆に好きだ。

そういえば、今ふと思い出した。

昔、先生とコーヒーを飲みながら話をしていて「お前は本当に単純だな」といわれ、「まぁ、シンプルが一番でしょ」と答えた。すると先生は、「”シンプル”と”単純”は与える印象が違う。”シンプル”というと、数ある中から選択、そぎ落として余分なものがないというニュアンスが強いけど、”単純”というのは馬鹿の度合いが強い」とおっしゃった。

うーん、そうかって妙に納得したものだ。コーヒーの苦味が増した。先生は僕のことをさすがによく分かっている。


それはさておき、セントラル・ワールド・センター前の様子をここに少し紹介して、タクシン派赤服集会の締めくくりとしたい。(あまり関係ない話だが)

まず、セントラル・ワールド・センター前の広場で、一番チットロムの駅に近い場所に設置されていたのが、中国正月の各種イベントが行われると考えられる舞台だ。

僕が見た時点では、舞台において特にイベントが行われていたわけではないが、舞台の奥ではさまざまに形を変える噴水があり、水大好きなタイ人は、ボーと水を眺めていた。



赤服の集会とは無関係な、ゆったりとした平和な時間が流れている。

寅年にちなんだ虎のディスプレイもある。



なかなか、かわいらしい。

そして、そこから伊勢丹方面を足を進めると、今度は何故か数々の花屋が立ち並ぶテントが。バレンタインに向けたものかと思われたが(タイではバレンタインはかなり重要なイベントで、男性が女性に花束ー特にバラーをあげる)、そういった花ではなく、緑でいっぱいだ。



時間帯の問題か、比較的閑散としていた。

さらに足を進める。

今度は、さまざまな食品が並んでいるテントだ。







どれも美味しそうで、ついつい手が出そうになる。

「中国正月で、なぜケバブ?」とかは愚問だ。



またさらに足を進めると、次はチャーンビールの、ビアガーデンが見えてくる。





やはり個人的にはここが一番魅力を覚える。

が、飲まずに帰宅した。



今回の赤服集会、およびその周辺の一場面を見て思うことは、やはりタイ人は平和を望んでいるという、まさに基本的なことだ。

末廣昭タイ 中進国の模索 (岩波新書)にもあったが、タイ国民の大多数は、タクシン派の赤服であれ、それに対立する黄色服であれ、彼らのなりふりかまわずに行ってきている実力行使にうんざりしている。国民は、政治の混乱ではなく、安定を望んでいるのだ。だから、赤服や黄色服の行動は、必ずしも国民の支持を得ているわけではない。

そんな大部分の国民の思いが、集会が目と鼻の先で行われている場所にもかかわらずに流れる、「あまり関係ないやねぇ~」という雰囲気につながっていくのだ。なーんて感じたしだいである。

ま、大爆発などもなく、無事に帰れてよかった。

ちなみに、中国正月では、赤服を着る習慣がある。タクシン派も赤服を着る。かぶってしまうな、などと思っていたら、今年の中国正月はピンクの服の着用を勧めているようだ(バンコク週報)という情報を耳にした。よかった、よかった。

参考
タイ 中進国の模索 (岩波新書)



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