タイの友人たちとの酒宴の席にて。



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先日、タイ人たちと飲み会があった。

その席で僕は、いつものように、ビールからウイスキーへという流れで、酒をたしなんだ。酒が似合う男、裕次郎ばりになりたいと切に願いながら、地べたに座って騒いでいた。

その中でタイ人が、おつまみのスナック菓子をむしゃむしゃ食べて、菓子のうまみを口にした。

そこで、僕は冗談で、「スナック菓子を見たのは、バンコクに来てからでしょ」と言ったところ、「そうだね。15年前くらいにバンコクに来たときに初めて見たね」と普通に返答。

驚かされた。

僕はタイの村によく行く機会があるのだが、今のタイの村ではスナック菓子は当たり前のように売られている。子供たちも、当然のごとく口にしている。

そのことをタイ人に告げると、それはここ10年の話。それまではスナック菓子なんかどこにも売ってなかったという答え。

うーん。そうか、今僕が目の当たりにしているタイの村の状況は、ここ10年くらいの激変を経た姿なんだと改めて実感する。

1990年代以降、タイの経済は飛躍的に拡大した。タイは消費社会へとなり、「中進国」として、今を駆け抜けている(末廣昭『タイ 中進国の模索』岩波新書・2009)。まさに激変であり、それが地方にも及んでいる。その結果が、今の姿か。

普段何気なく、呑み食いをともにしている同世代のタイ地方出身者たちの歩んできた道のりは、僕とまったく違うことを痛感する。彼らいわく、

テレビが家にきたのは、20年ほど前の中学生のころ。隣の家から中古で買った14インチの小さなテレビを、家族みんなでワイワイ見たと言う。

小学生のころから家の手伝いは当たり前。学校が終われば、農作業か牛の世話。あるいは、家に水道がなかったため、近くの沼まで水汲み。

娯楽は年に一回、村に公演に来るコンサート。両親の目を盗み、手伝いを抜け出して見に行ったとか。

などなど、彼らはさらりと一言で済ましているが、そこには僕には想像がつかないような苦労もあれば、楽しい話もあるのだろう。今度、もっといろいろと聞いてみよう。

まったく育ってきた環境が違う僕ら。もし僕がタイの村に興味を持たず、タイに来ることがなかったならば、彼らとこうして酒宴の場をもつ機会はもちろん、タイの歴史的変化を体現する彼らの話をリアルに聞くこともなかっただろう。

当然のことだが、改めて、人間関係や人間の運命の不思議さを思わずにはいられず、夜はふけていった。

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