タイ・バンコク。

極めて大変なことになっている。


タクシン派赤服”反独裁民主戦線”(UDD)
の指導者カティア氏(通称セーデーン)が狙撃された。

狙撃直後の映像がCNNより公開されているが、はっきりいって衝撃的だ。

<映像:http://edition.cnn.com/2010/WORLD/asiapcf/05/13/thailand.anti-government.protests/index.html?hpt=T1> 


現場の混乱する様子が伺えよう。

現在、セーデーン氏は病院にて治療を受けているという。


アピシット首相は、11月の総選挙案を撤回しちゃったし、15県を新たに非常事態宣言下に置いたし…

全くもって解決の糸口がみえない。

争うの、そろそろやめよぜ、って心から思う。

”昔のように思いあう、タイ人が見たい”と歌うこの映像を見ると、涙が出てくる。





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虎の彫刻が並ぶ変わった橋。

”サパーン・ジャルーン・ラット31”という。

サパーンは橋。ジャルーンは繁栄。ラットは王権。ということで、”王の繁栄橋31”と直訳されようか。

以前紹介したバンコクの勝どき橋ともいえる開閉式のホック橋から、チャオプラヤー川の方面に向かったところに架かっている。


ジャルーン・ラット橋31は、1911年、ラーマ6世王によって作られた。

6世王は、1893~1902年までの長期にわたってイギリスに留学し、父親で5世王のチュラロンコンと同じように、西欧文明の摂取に積極的だった。ので、この橋も西洋的要素が取り入れられたデザインとなっている。


でも、この橋で目を惹くのは、やっぱり虎の彫刻。


ずらーりと、虎が並んでいる。

これは、ラーマ6世の政治を象徴している。

というのも、ラーマ6世王は、1911年5月、国王直属の擬似的軍隊スア・パー(野虎隊)を組織したのだ。

ラーマ6世王は、姓制度採用、祝祭日の整備、義務教育制度の導入などの文化政策を推進し、西洋と肩を並べるための文化基盤づくりに大きく貢献した。

そんな中で、国王直属部隊スア・パーを組織したわけだが、これがすこぶる評判悪かった。

いかんせん、かなりの金がかかったのだ。

方々から大いなる反感を買い、1912年には王制打倒の反乱事件が起きたりもした。

そんなラーマ6世王の歴史を思い起こさせる、ジャルーン・ラット31橋。

すぐ近くには雄大なチャオプラター川がゆったりと流れている。


余談だが、スア・パーの子供部隊として、1911年7月に”ルーク・スア”が組織された。これは、少年部隊、いわゆるボーイスカウトだ。

イギリス、アメリカについで世界で3番目にできたボーイスカウトである。


それと、もう一つ。

ジャルーン・ラット橋31の31の意味。

これは、この橋が作られたときに、ラーマ6世王が31歳だったからだという。

で、実は、もうすぐ僕もその年を迎える。

あと数日。


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佐々木俊尚氏『電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)』を読んだ。”個と共同体”という視点から感想を書いておこうと思う。

この本は、電子書籍の発生と普及がどういった影響を与えるかに迫った作品である。

氏は、電子ブックの進む方向性を次のようにまとめられている。

1、キンドルやiPadのような電子ブックを読むに適したタブレットが普及する
2、タブレット上で本を購入、読むためのプラットホームが出現する
3、プラットホームが確立されることで、作家のプロ・アマの境が無くなり、セルフパブリッシングが促進。本がフラット化される
4、電子本と読者によって、新たなマッチングモデルの世界が構築される

うん。きっとそんな流れだろう。


ただ、それはさておき、僕が一番興味を持ったのは、”本の「アンビエント」化”のくだり。

アンビエントとは、「私たちを取り巻いて、あたり一面にただよっているような状態」のことらしい。

つまり本のアンビエント化とは、言葉通りに言えば、本がいつでもどこでも購入できて読める状態になるということだ。

では、そのことはどういう方向性をもつか。

アンビエント化されると、新しかろうが古かろうが、ありとあらゆる本が、フラットに蓄積されるので、今後、これまでのような出版社といった権威的な立場が意味をなさなくなる。

必要となるのは、書き手が自身でソーシャルメディアを駆使して情報を発信すること。それによって、自分の共同性を構築することが必要となるのだ。

その共同性のなかでは、本は、多角的に位置づけられ、メタ化される。

そして、未来、その共同体空間で、新たな文化が幕を開ける・・・

それを、氏はこう言って締めくくる。

”ゾクゾクするほど刺激的な未来”




僕が面白いと感じたのは、本が共同性を織り成すのではなく、個人が織り成した共同性の中に本が位置づけられるという、氏の未来像だ。

たとえば、「16~18世紀におけるアンシャン・レジームの時代に、印刷文書が拡大し続ける流通が、どのように社会的結合の形態を変えて、新たな思想を生み出し、権力との関係性を変えたか」(シャルチエ『読書の文化史―テクスト・書物・読解
』)という問題意識に基づいて読書について文化史の視点から研究したシャルチエ。

彼の議論は基本的に、本というコンテクストのもつ特性が、新たな共同性や思想を創出して、それが権力構造に関わっていくというもの。基本的に本に視点を置く歴史学研究では、こうした論調が多い。

しかし、佐々木氏の論調は、個人があらゆるソーシャルネットワークを駆使して共同性を積極的に構築し、そこに本が位置づけられるというもの。

ここには、個人と共同性との関係構造に大きな違いがある。

後者の未来では、個人がいくつものバリエーションに富んだ共同性を自ら作り出し、そのなかでは、本や映像などさまざまなものを駆使して、自己を比較的自由に演出することができるのだ。

しかも、共同体内では本や映像などに関してのコミュニケーションが存在し、決してこれまでのような一方通行性ではない。

個が共同性を織り成し、それが交錯するところで発生する社会、というのはどんなものか現時点ではイメージしにくいが、きっと個人としては”手ごたえ”みたいなものは実感しやすいだろうし、それにワクワクもするだろう。




唯一つ大変だなこれは、ということがある。

それは、”本物”であることが要求される社会だな、ということだ。

つまりこれまで権威やなんだに守られたものは意味を成しにくくなるので、自己を演出するそれ相当の能力が必要となるとともに、それらを構成する本や映像などの諸々は本物としての質の高さが求められるということだ。

それに時間軸に沿った評価もあまり意味を成さなくなる。

たとえば、”古典文学はいい。現代文学は堕落した”みたいな偏見に満ちた評価は全く意味を成さない。歴史が古かろうが、新しかろうが、いいものは、いいのだ。




本が電子化されると、本は極めて「情報」に特化された存在になると僕は考える。

なぜなら、本がデジタル化されると、欲しい情報にダイレクトに到達できて”つまみ食い”ができるようになるため、これまでのような一定度の意図を持ったジャンルや価値観の中にカテゴリー化されることはなくなるからだ。

本はあくまでも「情報」を得るために特化されるという性格が、大いに高まるわけだ。

しかも、その「情報」は先にも述べたように、良質で”本物”なものであることが求められるようになる。

とするならば、「情報」としての性格を帯びた書籍を、共同性の需要にこたえつつ、どのような見せ方で、構築された共同性の中に発信していくか。

そんな力量が問われる時代が到来するといえよう。

きっと、大変な時代だろうなぁ。

でも、僕もワクワクするほうだ。

こんなことを佐々木氏の本で感じたしだい、である。





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いやぁ~。久しぶりだぁ。タイの新聞一面が赤服関連じゃないなんて。

そう。5月5日は、プミポン国王の戴冠60周年記念日。

ということで数々の式典が行われ、6日の新聞一面はその話題。

なんかいいやねぇ。平和で。

しかも記念日当日、タイ人の間で「栄光あれ!」が、かなりリツイートされていた。ツイッター上でも国王はかなり称えられたのだ。


で、国王を信奉し、称えるタイの人々を見ると、やはり2006年の国王即位60周年記念を思い出す。

あのころは、街中が黄色い服を着た(プミポン国王の生まれたのが月曜で、月曜日は黄色の曜日とされるため)タイの人々であふれかえっていた。

そして、さまざまな式典が行われ、それを見て僕は感激したものだ。あのときのタイ人の結束力みたいなものは、本当に圧巻だった。




そういえば、あの頃、60周年記念グッズが沢山売られていたけど(たとえばiPodや60バーツ紙幣)、今年は出ないのかなぁ?

というか、僕は60バーツ紙幣買ったはずなのに、どこいっちゃったのだろ。探しても全然見つからない…。切ない。


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「ツイッターTwitterのもつ”情報”の質を、タイ・バンコクの赤服騒動で思う」(2010年4月28日付)のコメント欄で、yanyoさんが教示してくれた記事の概要と感想を書いておこうと思う。

その記事とは、牧野洋氏による「ピュリツァー賞を初受賞したネットメディア「プロバブリカ」の実力 記事1本に4000万円をかける調査報道に特化したNPO」(2010年4月29日付 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/526)だ。



”プロバブリカ”

ネットメディアとして、新聞記事を配信しているNPO団体だ。

プロバブリカは、「ウォッチドッグ・ジャーナリズム(マスコミによる権力チェック機能)」を基礎として、調査報告を扱う。

一般的に、ネットで配信される新聞記事は、速さが優先されて、品質は二の次になる感があるのが現状。たとえば、災害現場に居合わせた市民ジャーナリストが、ボランティアに近いかたちで被害の現場を実況報告し、その事件の解説や分析に関しては、職業ジャーナリストに任せればいいという考えが根本的にある。(まぁ、僕もツイッターなどのネットメディアの魅力を語ったこの前の記事はこの視点に準じたけど・・・)

しかし、プロバブリカはまったく姿勢を異にし、調査報道を専門とする。

調査報道は多額の金と膨大な時間を要するため、現在、しだいに失われつつあるが、プロバブリカはウォッチドッグ・ジャーナリズムの欠如=民主主義が機能不全に陥る、という点から調査報告を重要視し、取り扱うのである。

しかも、プロバブリカで書かれた記事は、すべて無料で大手新聞社に提供される。あくまでも金もうけではなく、市民社会に決定的な影響を及ぼすニュースを多くの人たちに読んでもらうことを目的としているのだ。

こんなプロバブリカの信念や思想に共鳴し、銀行経営で巨富を築いた慈善事業家ハーバート・サンドラーは、運営費として毎年1000万ドル(約10億円)を寄付。これを資金源として、プロバブリカは調査報道を続け、今年4月にはピュリツァー賞も受賞している(受賞対象作品「メモリアル病院での生死の決断」)

以上のようにプロバブリカを紹介した上で、牧野氏は、こう締めくくる。

「いずれ日本の新聞社も大リストラを強いられるかもしれない。そんなとき、サンドラーのような慈善事業家が登場して、調査報道に特化したNPOを立ち上げてくれるだろうか。寄付税制の整備も遅れている日本では、そう簡単にはいかないだろう。

そもそも、1面トップに設立間もないネットベンチャー配信の署名記事を載せるほどの度量が大新聞になければ、寄付税制の整備を進めたところで大きな変化は望めない。」


確かに、そうだろう。今の日本の大手新聞社がそこまで懐が広いか、といえば疑問である。社会貢献を至上とする団体がうまく機能するための環境は、まだまだ日本では整っていないってことだろう。

それに、ウォッチドッグ・ジャーナリズムの欠如が民主主義をだめにするという考えそのものも、アメリカと比べれば日本は弱いように思う。

というか、牧野氏も言うように、日本のマスコミは権力と一体化してきた感があるしね。

で、牧野氏の記事を読んでいて、先日タイの政治について書かれた「クーデターの政治学―政治の天才の国タイ (中公新書)」を思い出した。


政治の天才の国タイと副題のつけられたこの本では、タイの民主主義や権力のチェック機能についてこんな風に語られている。

基本的にタイの政治体制は、民政から軍政、そして再び民政へ…といった繰り返し。議会民主主義が国民の信頼を失って腐敗した際の受け皿となるのは軍部。で、絶対権力が腐敗する頃にはフワッとまた民主主義に乗り換える、ってわけだ。

つまり、軍政と民政がある意味、二大政党のような役割を果たし、そこにチェック・アンド・バランスが働いて政治的な緊張感が生み出されているのだという。

権力をもつ両者が互いにけん制しあいながら、民主主義の腐敗が防がれているというわけである。


で、ここで日本と比較すると、今の日本には政党政治が腐敗した際の受け皿がない。民主主義の緊張感というものが弱いわけだ。

ということで、日本の民主主義を自省するような体質や緊張感が期待できない日本の政治体制にあって、民主主義の腐敗を防ぐチェック機能としてのマスコミのウォッチドッグ・ジャーナリズムの考え方は今後ますます見直されるべきかもしれない。

しかも、それが”社会貢献”や”社会的意義”といった使命感のみで動いているプロバブリカみたいな団体はもっと増えてしかるべきだろう。

でも、そんな団体が日本の社会に定着するための環境が整うまでには、うーん。やはり、まだまだ時間を要すかもなぁ…

などと思ったしだいです。yanyoさん。コメントありがとうございました。



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ようやく、事態収拾の方向に向かうかもしれない。

3日の21時過ぎ、アピシット首相はテレビの緊急放送において、今年11月14日に総選挙を実施する方針を表明した。これまで首相は、下院解散、および総選挙を年内としていたのに対して、事実上前倒しする姿勢を示したのだ。

どうやら、タクシン元首相支持派団体「反独裁民主統一戦線」(UDD:通称赤服)も、この提案を前向きにとらえているもようで、赤服のバンコクでの大規模なデモが展開されてから2ヶ月弱。ここにきてようやく事態は収拾の方向に向かいそうだ。

とりあえず、ホッって感じかなぁ。


ただし首相は、解散の前提として次の5点を提示。

①王室が政治利用されることを禁止し、今後も王政を守ること。
②対立の元ともなった不公正を是正する国家改革を行うこと。(貧困層に対する福祉向上の実現など)
③マスコミの改革を行うこと。中立性を保つメディアを確立する。
4月10日の赤服と治安部隊の衝突や、シーロムドンムアンでの爆発事件などに関する真相を究明すること。
⑤憲法改正などを含んだ政治改革を実施すること。

これらの条件が満たされるのであれば、11月14日に総選挙を行う予定であると表明したのだ。

タイの法律では、解散から60日以内に選挙が実施されることが定められているので、もし実際に11月14日に選挙が実施されることになるならば、9月の中旬から下旬にかけて解散される可能性が高い。

まぁ、9月中旬というのは、赤服の当初の要求である「即時解散」とは開きがあるものの、赤服もこれくらいを妥協点として要求をのむのではなかろうか。というか、のんでくれ。そろそろ。


本日中に赤服は今後の方針を発表すると言う。

いい返事を期待!って感じかな。

ただ、反赤服である「民主主義市民連合」(PAD)はどう対応するのかなぁ・・・。



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ヤモリ・・・

結構、懐かしい響きだ。

そんなヤモリの愛情物語の視点から描かれたCMが、これだ。



屋根裏で抱き合うヤモリカップル。

そこに突如として起こる、まるでモーセの十戒のような地割れ(モーセは海か・・・)。

その地割れで、片方は落下。手をつかみ何とか引き上げようとするも、その手は離れ、恋人は地面にたたきつけられた。

そして、それを見たもう片方は、大の人間男3人からの制止を振り切り、自分から恋人のもとへ落下。

たたきつけられた地面の上で、ヤモリカップルは互いに手を取り合おうとするも、結局力尽きて・・・

そんなヤモリカップルの愛情物語を目の当たりにした大の人間男が、なぜ屋根をちゃんとしないんだ!と詰め寄る。


というか、なんのCMだよって感じですね。最後まで、分からない。そこが、なかなかいかしているんですが。

赤服で政治的に混乱し、暗いタイ。早くこんな平和な雰囲気を取り戻して欲しいもんです。



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