バンコクの勝どき橋、サパーン・ホック。



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”東洋のベニス”


20世紀はじめまで、バンコクはそう称されていた。多くの水路が街中にめぐらされていたのだ。

水路の水は、農業生産や生活用水に使われた。出かけるときの移動も舟が使われたりした。舟に乗って物を売る者もいた。

昔のバンコクの人びとの生活は水とともにあったのだ。


現在は、そんな水路の大部分が埋め立てられてしまったが、それでも、ところどころで、水が生活に密接していた当時のバンコクの風景を回想させるシーンを見ることができる。


少年たちが、水路に飛び込んで遊んでいる。


もし僕がこの少年たちと同じようにしたら、一発で体調を崩すであろうと思わせるに十分なほどに汚れた水だ。

だが、彼らにとっては関係ない。うーん。たくましい。


して、水路を歩いていると見かけるのが、橋だ。

ま、水路があれば橋があるというのは当然な話だが、これが結構古い橋が多くて、面白い。

今日はそれら橋の中で、開閉式の橋。いうならば、日本の勝どき橋のような橋について。


橋の名は”サパーンホック”。ロート水路に架かっている。

勝どき橋みたいといっても、大きさはそんなに大きくない。いや、むしろ小さい。


でも、昔は、舟の往来のたびに、はねつるべの原理によって、橋が持ち上げられていたのである。水と共生していた当時の人びとにとって、サパーン・ホックは重要な働きをしていたことだろう。

で、このサパーン・ホック。オランダの橋がモデルとなっているらしい。確かに、オランダの橋の写真を見る限り、そっくりだ。

    (オランダの橋。ศิริชัย นฤมิตรเรขการ สะพานเก่ากรุ่งเทพฯ、28頁)

ラーマ5世がタイの近代化を進める過程で、西洋をモデルとして作った橋の一つなのである。

ちなみに、昔のサパーンホックと今のサパーンホックの場所が、どうしても一致しない。


100年ほど前の写真では、ラーチャポビット寺が背景に入るのだが、現在はこの構図はとりえない。

(ラーマ5世期サパーン・ホック。ศิริชัย นฤมิตรเรขการ สะพานเก่ากรุ่งเทพฯ、28頁)

どうやら、現在サパーン・ホックから100メートルくらい北に架かっている、サパーン・ピーグンの位置あたりに、昔はサパーンホックが架かっていたと考えられる。

昔の写真を持って、旧市街の水路を歩くと、結構色々なものが見えてくるものだ。




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