色彩のピーターコーン祭り。異様な彼らは何者か?




タイ東北部、ルーイ県ダーンサーイ郡。



普段は極めて静かな山間の街。

しかし、今日から3日間は、華やかな仮面と衣装に身を包んだ者たちが街を闊歩し、喧噪と色彩であふれかえる。


(2011年ピーターコーン祭りで撮影)


ピーターコン祭りが開催されているのだ。




今回は、そもそもピーターコン祭りを彩る彼らはいったい何者なのか、について触れたい。

彼らのその異様な出で立ちからタイのハローウィンであるとか、あるいはなまはげみたいなもん、といった言われ方もする。

だが、結論からいってしまうと彼らは、タイの人びとの間ではなじみ深い精霊ピーが具現化したものである





まず彼ら精霊を知るには、タイ人なら誰でも知っているといっても過言ではないヴェッサンダラ=ジャータカ(布施太子本生経)の物語を踏まえねばならない。

物語の詳しい説明はコチラを参照していただきたいが、これは簡単にいえば仏陀の前世であるウェートサンドン太子が行った積徳行の話である。



慈悲深いウェートサンドン太子。

慈悲は、自国だろうが他国だろうが関係なくすべての民に向けられる。

太子は誰に対しても分け隔てなく布施をする。

そのため、自国の民から怒りを買ってしまう。

日照りで苦しむ他国の民に、雨を降らす能力をもつ白象を布施してしまったのだ。

太子と妻、子供2人は国から雪山へと追放される。



雪山でも太子は布施行に励む。

自身の子供や妻ですらも、乞われるがままに布施をする太子。

そうした太子の行動を天上より見ていたインドラ神は、太子の不施行の成就を見極める。



そして、太子は最終的に自国の民のもとに戻ることになる。

太子が帰国するとき、民は喜び踊りながら太子の後に続く。

また森の精霊たちも、民とともに踊り、太子の後に続く。

太子は国王となり、その後国は末永く繁栄したという。



以上が至極おおざっぱな物語の流れである。

で、最後の部分。

森の精霊たちが、民ともに太子の帰国を祝福し、踊り従ったとある。

そう、これがピーターコーンである。



ピーは「精霊」を意味する。

ターは「後に続く」を意味するタームという語に由来する。

コーンは「人」を意味するコンに由来するという。

よって、ピーターコーンは「人に続く精霊」を意味するわけだ。

(まぁ、実は語源については諸説ある。でもピーターコンが精霊を意味する点は共通している)



要するに彼らは、布施太子本生経の物語のなかの精霊が表現されたものなのである。

タイ広し、布施太子本生経を聞く祭り各地にあれども、このように精霊の姿をかたちにしたのはここルーイ県ダーンサーイ郡のみである。



ではなぜここだけなのか。

残念なことに、その理由や祭りの発祥に関して知る者も、史料も残されていない。

ダーンサーイの人びとが育んだ想像力で創造された精霊と戯れるしかないのである。



明日の行列の本番を前に、今この瞬間も色彩の精霊達は街を闊歩している。




見つめられると、ちと怖い。



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2 件のコメント:

  1. 鮮やかで派手な色彩だけれど、”精霊”だけあってやはり
    何か神聖というか、恐い感じがしますね。
    仮面の形なども何故こんな形なのかとか興味が尽きないです。
    史料などがはっきり残っているものは少ないのでしょうけど
    人から人へ口で伝わっていることとか、地元の長老の人など
    からお話を聞けると楽しいでしょうね。

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  2. phimaiさん。
    そうなんですよね。怖いんですよね〜少し。
    しかも、仮面をとったときに、その人がえらい強面だったりすると、なおさら。笑
    もちろん逆パターンもありますけど。

    仮面のかたちはなぜこうなのかはよくわかりませんが、生活に密着したものが使われていますね。たとえば、頭。あれはカオニアオを炊くときに使われるもので、まぁ、いろいろなものを代用してあんな風に創ったんでしょうね。ダーンサーイの人びとの想像力の賜物ですかね!

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