「この穴は川へと通じている。その昔ナーガ(竜神)がここから出てきたのだ」
ピーターコーン祭りの舞台ともいえるダーンサーイ郡ポーンチャイ寺で僧侶は熱く語った。
なぜか照れくさそうにしてるのは、まぁご愛嬌だろう。
この寺は川のカミとのつながりが深い。
つまりは寺での儀礼もまた川のカミと縁深いものとなる。
ということで、前回触れたサムハ儀礼のあと、一向は近くの川へと向かった。
神輿を先頭に、ドンドコ・ドンドンという太鼓の音が、僕の興奮を高める。
いったい何が行われるのだろう。
神輿と集団が川沿いに到着した。
すると神輿を担いでいた男たちが、妙にあっさりとそれを川へと投げ入れた。
一人で勝手に興奮していた僕は、意外にもさらっと投げられたので、ちょいと肩透かしを食らった気分だ。
茶色い川に、投げられた神輿。
バラバラに朽ちながら、下流へと流れていく。
悪いことは水に流された、というわけだ。
して、そんな様子を見守りつつ、舞い踊るのは女性たち儀礼集団である。
カミに祈りをささげ、舞う。
舞はカミに近づき、あるいはカミになるためのひとつの表現だ。
その姿は美しい。
深く川に向かってお辞儀をする者もいる。
その目には大粒の涙が流れている。
涙もまた、畏怖すべきカミとの接触で現れる感情表現の一つであろう。
すべての悪いことは涙とともに流れていく。
カミを前にして心が洗われていく。
一人のおっちゃんが完全に憑依されたようだ。
激しく舞い踊るおっちゃんの手の動き。
それはまさに蛇である。
蛇となって儀礼集団の女性たちに息を吹きかけ、力を授けていく。
縦横無尽に動き回る蛇。
蛇を演じるのがおっちゃん、つまり男性なのもワケがある。
おばちゃんたちにはできない。
というのも、日本を含めて世界各原始民族に共通するといわれる蛇信仰は、その根底に蛇に対する次のような見方が存在するからである。
1 蛇の見た目が男根をイメージさせる=生命の源である種の保持者
2 一撃で敵をしとめる蛇の攻撃性=無敵な強さ
3 脱皮をする蛇の生命の更新性=永遠の生命
つまり、きわめて形状的であり、しかもそれが男根のイメージである以上、儀礼の第一義は男性原理にたつものなのだ。
よって、ほとんどが女性で構成される儀礼集団において、おっちゃんがポツンと混ざり、しかも重要な役割を担うのである。
ところで、サムハ儀礼の本質は村の厄払いである。
それが蛇信仰とどう関連するのだろう。
それを理解するには、蛇信仰がそもそも祖霊・祖先神信仰にあるという点をふまえねばならない。
たとえば日本。
縄文時代においては、蛇信仰が主流だったという。
蛇は祖霊として扱われた。
その後、蛇と山が結び付けられ、「山の神」信仰へとつながっていった。弥生時代のころである。
そのプロセスについて吉野裕子氏は面白い話を展開している。
氏は大蛇(ヲロチ)を例にとる。
実はヲロチという語。
本来、ヲは「山の峰」、ロは「の」、チは「霊」を意味し、つまりは「峰の霊」を意味するのだという。
本来蛇とは関係の無い「峰の霊」という語が、大きな蛇を意味すること。
それはつまり、山脈のうねりを見た古代の日本人が、大きな蛇と結び付けたことに他ならないという。
蛇は祖先神であり、山の連なりもまたそれと結び付けられた。
そこから山の神信仰と結実したのだとしている。
話は少々それてしまったが、つまり蛇=祖霊とみる考え方は最も根源的なわけである。
で、それをサムハ儀礼にあてはめれば、ここでの蛇すなわちおっちゃんは本来的な意味としては祖霊なのである。
サムハ儀礼では、蛇となった祖霊が村を代表する女性儀礼集団の前にたち現れ、人びとに力を与えるのだ。
さらにもう一点。
蛇の特質として脱皮があった。
脱皮する前の蛇というのは、肌はカサカサでひどく汚いらしい。
で、脱皮をすると新たな身体に生まれ変わる。
つまりは汚れた状態から一新される、「再生」の象徴である。
よって、村の厄払いとう文脈では、蛇はもっとも象徴的に近い存在なのだ。
以上からすると、ダーンサーイでのサムハ儀礼。
それは蛇となってたち現れた祖霊に対して祈りをささげることで、蛇のもつ再生の力にあやかり、村から厄が祓われることを期待された儀礼なのである。
というわけで、儀礼も終盤。
人びとは川に向かって作られている祠の周りを舞い踊る。
そして、みなで万歳をして幕が閉じる。
新たな一年に向けて、人々は気持ちよく岐路につくのだ。
ちなみに蛇と竜神。
蛇神ナーガは竜と漢訳されるので、今回は特に区別することなく記事を書きましたっ!
あ、そういえばブログの雰囲気をがらりと変えてみました。
「真っ黒なブログ」とか「ちと怖い」といったご意見を方々からいただいてたので(笑)、気分を一新、明るく白にしてみたわけです。
でも、仕上がりをみると記事内容が内容なだけに、どこか新興宗教の妙なページのような気がしないでもない。
(参考:吉野裕子『蛇』 (講談社学術文庫)、同『山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰 (講談社学術文庫) )
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