タイ全域が水浸しになり、近いうちにバンコクにも大量の水が押し寄せるとか。
こんなことにならなければいいが、と不安になるばかりだ。
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「もしもし、リョウタです。洪水がひどいことになっているけど、平気ですか?」
イサーンのとある村のおっちゃんに電話した。
「おお、リョウタか。いやぁ、洪水はすごい。
でもまぁ、村は平気だ。ちょっと高いところにあるし。
そういえばこの前、ケンルアแข่งเรือ(ボートレース祭り)もやったよ。
今年は水が多いから、無事にできた。
あれ、リョウタが見に来たのは何年前だ?・・・・・」
村のおっちゃんは明るく話した。
水が多いのは、数々のニュース映像が物語っており当然だな、とおもったが言わないでおいた。
さて、ケンルアとはイサーンで広く見られるボートレース祭りのこと。
おっちゃんが言った、数年前に僕が見たレースの模様はコレだ。
村や集落から選抜され、トレーニングをつんできた屈強な男たちが一丸となってボートを漕ぎ、そのスピードを競う。
なかなかの迫力であり、最初こそ落ちついた実況も、後半はかなり熱狂する。
賭けでもしているんじゃないか?と思わせるほどだ。(たぶんしてる 笑)
そういえば、ケンルアといえば、今月10-12日にタイとラオスが合同で行なうという記事を目にした。(khaosod紙:10月10日付)
ムクダハーン県(タイ)とサワンナケート県(ラオス)の人々が、メコン川を舞台にケンルアを合同で開催し、スピードを競い合うのだ。
おそらく、これもまた熱狂することだろう。(賭けが裏で行われているかは不明)
まぁ、どこが優勝しようが僕には興味がないが(賭けてないからw)、ただ人々が国を越えて祭りに取り組むということには関心がある。
国と国のレベルでの対話は政治色が濃すぎて、何かと面倒。(まぁ、ラオスとタイは一応ピーノーン間(兄弟関係)で、仲もいいわけだが)
でもこうして、国という枠組みをとっぱらって何かひとつの祭りや儀礼に取り組む地域の姿勢は意義深いだろう。
文化的なことを核とした人々のつながりから生まれる共同性は、今後の世界を考えるうえで大きな力を秘めているような気がするからだ。
今後SNSがますます発達し、「人と人とのつながり」「共感」「共同性」などといったワードが重要視されていく時代を迎えるにあたって、こうした国を超えた祭や儀礼などの文化的営みは無視できず、単なる賭けごとのボートレースとして片付けることはできないのだ。
ただ、何度も言うが本当に賭けが行われているかどうか、それは不明である。
タイに行きたきゃ
タイに住みたきゃ
Ryotaさん無事で良かったです。
返信削除日本のニュースでもタイの洪水(アユタヤの辺りばかり
ですが)が映っていますが何日経っても水がなかなか
ひかない感じなのはタイの地形のせいなのでしょうか?
私は阪神大震災を経験していますし、東北の震災も復興
にはまだほど遠く、天災の恐ろしさは自分のことのように
感じてしまいます。
1942年の洪水もすごいですね。でも映っている人たちが
暗い感じではなくとても逞しい感じがます。
とにかく洪水がこれ以上ひどくなりませんように、一日も
早く被災された方が元の生活に戻れるように祈るだけです。
ところでケンルア、すごく迫力があっていいですね。
一度生で見てみたいものです。Ryotaさんが言うように、
国を越えて祭りや、文化交流などが行えるのはいいですね。私は賭けに加わってるな、きっと(笑)。
楽しく、仲良く国内外の人と過ごせれば平和でいいのにな。
最後に”寝てる間に水没”とかはくれぐれもやめて下さいね。