蝋の流し込みとカオ・パンサー。



4 コメント
深夜11時過ぎ。

眠気眼でタイのニュースを眺めていると、バンコク・フワイクワーン近くの寺で、在家の人びとが僧侶に花を献納している様子が写し出された。

色とりどりの花を、僧侶に献納する様は美しく、微笑ましい姿である。


しかし、花を僧侶に布施するというのは、実は珍しい。

カオ・パンサーの日において、僧侶に寄進するのは、本来ならば日用品、特に蝋燭がメインだからだ。




そう、今日はカオ・パンサー。日本語でいうところの”入り安居”だ。

と、当たり前のようにいっても、関係者に僧侶でもいない限り、あまり馴染みのある言葉ではないかもしれないので、ここで簡単に説明を。


安居というのは、僧侶たちが、一定期間、寺にこもって修行に励むことをいう。タイでは、雨季の陰暦8月から11月の満月までの約3ヶ月間が、安居期間にあたる。

で、その修行期間の始まりの日が、入り安居、というわけだ。


では、なぜ僧侶は、安居をするのか?

以前、イサーンのとある僧侶に、こんな風に説明を受けたことがある。

”雨季になると、土中の生物や草木が成長する。それに田畑にも農作物が実りはじめる。そんな生物を踏み殺してはいけない。だから、乾期の間、諸国を遊行する僧侶も、雨季の期間だけは、外に出ることなく安居して、生物を殺生しないようにするんだ。”

おそらくブッタの教えに基づく説明。なかなか、面白い理屈である。



とまぁ、こんなわけで、僧侶は今日から3ヶ月間、寺にこもっての修行生活が始まる。

確かにいわれてみれば、雨季の間、ふらふらと歩いていたり、スコールにうたれてビチョビチョになっている僧侶の姿を見ないような気がしないでもない。



さて、安居の期間は、僧侶だけでなく、在家の人びとにとっても重要だ。ここぞとばかりに、僧侶や寺に布施をして徳を積む。

カオ・パンサーの前日には、人びとは、僧侶に供え物など献納するとともに、夜になると、皆でろうそくを手にして、寺の本堂の周りを時計回りに3周する。これによって、徳が積まれる。

また、農繁期で大変な時期であっても、食施を欠かさないために、村人をグループ分けして布施にあたる村もある。これも、徳を積むために他ならない。

とまぁ、例を挙げればきりがない。

「とにかく徳を!」というわけだ。



また、冒頭でも触れたが、カオ・パンサーにおいては、蝋燭の献納が重要だ。

カオ・パンサー前には、街中に、僧侶に献納するための、装飾の施された蝋燭が売られるようになる。人びとは、より華美な蝋燭を…、として熱心に選ぶのである。


この熱心な選びあいが、やがて競いあいにまで発展。蝋細工のコンテストともいえる、ろうそく祭りなんかもタイの各地で実施されている。イサーン・ウボンラーチャタニー県でのそれは、特に有名だ。




して。今年のカオ・パンサー。

僕は、ウボン県には行かなかったものの、バンコクで蝋燭を奉納する機会を得た。いや、正確に言えば、蝋燭の一部を奉納、だろうか。


場所は、マハータート寺。タマサート大学近くにある。



寺に着くと、テートマハーチャートの読経が行われていた。カオ・パンサーにおいてこの読経があるとは、少し意外。やはり、イサーンとは違う。

しばらくテートマハーチャートを拝聴し、来世での弥勒菩薩と出会うことの可能性を高めたあとに、蝋燭(の一部)奉納を行った。



蝋燭(の一部)奉納の方法はいたって簡単。

まずは、寄進箱にお布施をいれ、僧侶に自分の干支を告げる。僕の場合は羊(マメー)。



すると、羊の絵が描かれた蝋の塊と釘が渡される。



「裏に、自分の名前を書いて」

僕は、念のためタイ語と日本語の両方を記しておいた。神様がどちらでも判断できるようにと配慮したのだが、そんな自分がちょっとせこくて、悲しい。

名前を書き終えると、それは巨大なドラム缶の中に投入された。グツグツと熱されているそのドラム缶内で、僕の名前入り蝋はすぐさま溶けてなくなった。



で、ドラム缶内の蝋をひしゃくで掬い取り、2本の巨大蝋燭筒に流し込む。



これによって、自分の献納した蝋が、巨大蝋燭の一部分となった、のである。



というわけで、これで僕も一定度の徳を積んだ。

晴れ晴れした心で、カオ・パンサーを迎えることができた。

タマサート大学から眺めたチャオプラヤー川も、なんだかいつもより美しく見える。



世界は気の持ちようで、明るくも暗くも見えるのが常とはいえ、いささか単純に過ぎる、かもしれないが。



ちなみに、カオ・パンサーにおいて僧侶に花を献上する寺は、バンコク内では4寺。他県では1つしかないとのこと。それがどこかは、聞き取れなかった。

いかんせん眠気眼だったのだ。



応援のほど、よろしくお願いいたします
人気ブログランキングへ

4 コメント:

匿名 at: 2010年7月28日 11:14 さんのコメント...

私は以前、ナコンラーチャシーマーでロウソク祭りを見ました。

でも、あまり意味を知らないでただ綺麗だなと思ったくらいでしたけど( _ _ )..........o

だから今回はとても勉強になりました。

Ryotaさんの文章は、どこか独特で面白いですね。

いつも楽しみに読んでいます。

これからも頑張ってください。

Ryota Wakasone(若曽根了太) at: 2010年7月28日 21:07 さんのコメント...

コメント、ありがとうございます。
ナコンラーチャシーマーでの蝋燭祭りも、有名ですよね。きっと華美なんでしょうね。見てみたいものです。
細々と続けているブログですが、これからもどうかよろしくお願いします。
コメント、ありがとうございました。

kapiraja at: 2010年7月31日 12:34 さんのコメント...

Ryotaさん、こんにちは。

今回の記事もとても興味深く読ませていただきました。

蝋燭の献納、僕も参加してみたいです!

写真に写っていた蝋燭につけられている数字なんですが、
それぞれの値段なんでしょうか?だとしたら、そこそこいい値段ですね(現地の人には相当の高額なのかな)。

余談ですが、雨安居がはじめられた経緯について、日本でテーラワーダ(上座部)仏教を教えていただいている僧侶がこんなことを教えてくれました。

もともと、雨期に1ヶ所に定住するというのはジャイナ教がやっていたそうで、仏教徒は年を通して遊行していたそうです。

それを「不殺生を説いているのに生き物を踏み潰しながら動き回るとは何事だ」とジャイナ教に指摘されたそうです。

そこでお釈迦さまも雨期は1ケ所に定住する事を採用したと。
ただ、雨期の過ごし方は仏教なりに改良されているそうですけど。

それと、安居入りにお布施をするのは、お布施の意味もありますが、在家の信者が自分達が住んでいる所を雨安居の場所に選んでもらおうという気持ちもあるようです。

年中、遊行をしていたお釈迦さまがわずかの期間でも自分達のそばにいてくれる事を在家の人たちは最高の幸運と捕らえていたようです。

ちょっとニュアンス的に間違えている所があるかもしれません。それと、Ryotaさんだったらすでに知っている事だったかもしれませんね。

失礼いたしました。

Ryota Wakasone(若曽根了太) at: 2010年8月1日 11:26 さんのコメント...

kapirajaさん。
コメント、ありがとうございます。

安居入りでのお布施のお話。在家の信者が自分達が住んでいる所を雨安居の場所に選んでもらおうという気持ちがあるんですね。

確かに、期間内だけでも、自分たちの居住地域に僧侶がとどまってくれれば、かなりの恩恵を受けることができる、という気持ちになりそうですもんね。

なるほど、なるほど。

勉強になります。ありがとうございます!

コメントを投稿

newer post older post
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
若曽根了太(WAKASONE Ryota). テーマ画像の作成者: biyan さん. Powered by Blogger.