去年末、日本に一時帰国するに際し、チェンマイからバンコクに寄って、久しぶりにゲーテ先生にお会いした。
一年以上ぶりだが、あいかわらずエネルギッシュで、あたたかい。
先生が子供の頃からよく食してきたという中華料理屋で、おいしい料理をご馳走になる。
子供の頃にこういうものを食したということで、改めて先生の育ちを感じる。
さて、先生はとあるプロジェクトを僕に勧めた。
相変わらずの企画力で、ワクワクさせられる。
「いいですね」
「いいか。よし、じゃあ近いし、早速、国立公文書館へ行こう」
そう言って、誰かに電話をした。
相変わらず、早い。
国立公文書館に着くと、館長が出迎えた。
どうやら、館長に直接電話してたようだ。
プロジェクトの話をすると、館長も協力してくれるとのこと。
ありがたい話である。
「ところで今日は、日タイ修好130周年記念事業のオープニングセレモニーが、バンコク国立博物館でありますよ。一緒に行きませんか?」
タイ文化省芸術局や文化庁、東京国立博物館、九州国立博物館、国際交流基金が主催となった「日本美術のあゆみ ―信仰とくらしの造形―」展である。
国宝3件、重要文化財25件を含む106件の文化財が展示される。
ゲーテ先生はロッブリーに帰るので出席できないとのこと。
僕だけでも、と誘われた。
「いいですけど、もろ、私服ですよ」
「大丈夫、大丈夫。気楽なものよ」
そう言われて、館長やそのほかのスタッフの方々とともに、国立博物館に車を乗りつけた。
到着すれば、みな、スーツである。
女性は綺麗なタイ衣装を身にまとっている。
僕は、私服にリュック。あくまでも、日本に帰る途中なのだ。
受付の人は立派な展覧会の本をくれた。
館長と一緒でなければ、門前払いを受けていただろうに、なんとも有難い話である。
いや、しかし、若干気まずい。
端っこで、小さくしていると
「リョータ?」
振り返ってみると、ロッブリーでお世話になっていた、ナーラーイ宮殿博物館の館長。よく一緒にお酒を飲んだ方だ。(ちなみにゲーテ先生の教え子だ)
そういえば、この先生はバンコクの国立博物館の館長だか、その補佐だか、とにかく重役についていた。
しばし、談笑。
知り合いの日本人に聞かれた。
「公文書館の館長と車で乗り付けて、そのあと博物館の重役と談笑して、一体誰なんだよ、君は。笑」
確かに。しかも、そぐわぬリュック姿。軽く髭も伸ばしている。
オープニング・セレモニーは、なかなか始まらなかった。遅れている。
何度も言うが、僕は帰国途中。実はフライトの時間が危なかった。
それを察した公文書館の館長。
「先に展覧会の中を見ましょう。ダッシュで」
そういって、案内してもらった。
圧巻の展示だった。国宝級の美術品、考古品が美しく並べられている。
それを独り占めで、見学。
静まり返った館内に並べられた文化財は、不気味な色気をただよわせていた。
ただ、極めて残念なのは5分ほどで全てを見なければならなかったことだ。
パーと見て、飛行場へ向かうこととなった。
「この辺は、今タクシーないから、送らせようか?」
そう館長は言ってくれたが、さすがにそこまではと思い、お断りした。
雨の中、30分以上、タクシーを探して歩くことになるとは、この時思いもしなかったのである。
さっきまで、おもてなしを受けていた。
しかし、今や、びしょ濡れで、リュック姿。軽い髭。
大きなギャップを感じた。
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