「どうしたの?」 およそ看護婦とは思えないほど私服感満載のおばちゃんは言った。 ロッブリーの街の小さなクリニックである。 「いや、あのぉ。犬にかまれました」 「犬に。ははは。じゃあ、そこに座って… おーい、犬に噛まれた患者が来たよ!」 おばちゃんはそう言って、笑った。 噛まれたのは今朝のことである。 最近妙に早く目覚める僕は、今日も4時起き。 6時半くらいまでに用事を済ませると、肩こりが気になって、マラソンに行くことにした。 アパートの前で、Mr.Childrenをスイッチオン。 「言ってしまえば僕らなんか〜」 軽快に走り出す。 で、走り出し3分。 野良犬3〜4頭に追われる。 僕のあとに従う犬たち。ワンワンと吠えている。 とはいえ、まあ、犬が追ってくることは、タイの田舎ではよくあること。 放っておけばどうってことない。 しかし、僕はマラソン男。 犬たちからすれば、まるで犬から一目散に逃げる男である。 ということで、がぶりっ。 半ズボンで露になってた僕の左足はもろに噛まれた。 で、犬はがぶりっの後、逃げて行った。 「痛つつ…」と急いで傷を確認すると、わずかだが血が出ている。 頭によぎる狂犬病の文字。 無論、走る気力は喪失。 音楽も聞こえない。軽快な気持ちもゼロだ。 家へと戻り、消毒する。 で、職場に行ってタイムカードだけすませると、その足で病院へと向ったのである。 「いつ噛まれたの?」 「あの、今朝、7時くらいです」 「さっきなの。笑 この病院来たことある?」 「ええ。以前」 「じゃあ、名前を書いて… あれ?あなた日本人なの?」 「ええ」 「ははは。日本人が犬に噛まれたんだ」 何がおかしいのかしらないが、笑われる。 そして、まわりの関係者もぞろぞろと僕のまわりに集まってくる。 「なんで噛まれたの?」 「いや、マラソンをしてたら、逃げてると思われたみたいで」 「ははは。それは大変ね。鶏肉とでも思ったのかしら…」 みな、僕を囲んで、笑ってる。 僕の犬噛まれが、人々に笑いと幸せを提供しているのだ。 「じゃあ、狂犬病対策の注射をしましょうね。今日は2本、筋肉にうつから。明日とか明後日、筋肉痛みたいな症状になると思うよ」 「はあ…」 「で、そのあとは全部で4回…」 事細かく説明を受ける。 「日本人だ。タイ語しゃべってるよ…」 「先生だって…」 「犬に噛まれたらしいよ…ははは」 説明を受けている間、聞こえてくる他の患者さんの声。 数分で10人以上に知られた。 ロッブリーは小さい街だ。 もしかしたら、明日にはかなりのタイ人が、「犬噛まれの日本人」のことを知っているかもしれない。 ところで、噛んだのはこの犬ではないことだけ、付言しておきたい。 <関連記事> ・歴史語りの芸能民、気分。ナーラーイ祭り解説。 ・ロッブリー・ナーラーイ王祭り。華やかな衣装が街を彩る。もうすぐ僕の解説であり… ・タイ王家による歴史的な洪水対応(ライ・ナーム) ・タイはロッブリーの、ゲーテ。 ・200年前のソンクラーン(タイ正月、水掛祭り)と今。 ...