ひな祭りの起源と、死を遠ざけるタイの儀礼。
先日は、ひな祭り。(結構前か?)
まぁ日頃から、男らしさを売りにしている僕は、この祭りに直接の縁がある訳ではない。
それでも、当日はしっかりと、ちらし寿司的なものは頂いたことを今、どことなく懐かしく、そしてはかなげに思い出している。
さて、折口信夫によると、ひな祭りの起源は古い。(「雛祭りの話」「人形の話」)
古代において、ケガレを一身に背負う「形代」という人形のようなものがあったが、それがひな人形の原型ではないか、という。
凶事やケガレを移された紙製の形代は、川へと流される(『源氏物語』須磨の巻や『類聚国史』(892年)『建武年中行事』(1334年))。
当時の人々は、自分の分身としての形代にケガレを移して川に流すことで、自身の身の無事を祈ったのである。
で、通説では、この形代が女子供の遊びの相手となり、そして次第にひな人形へと発展したのではないかとされる。
しかし、この通説に疑問を投げかける折口。
やはり、折口の発想は半端ない。
折口は思う。
果たして、ケガレを背負う形代を、女子供が遊び道具とするだろうか? と。
つまり、そんな恐ろしいものを遊び道具とするのは不自然だ、というわけだ。
何か遊び道具になるためのステップが必要じゃね?と。
ということで、折口が着目したのは、東北に残されている「おしらさま」と言われる神様や、それを使った「おしらあそび」である。
「おしらさま」…
「おひなさま」…
発音はかなり近い。まぁ、訛だろう。
「おしらさま」は、毎年、家のケガレや悪いことを服として重ねられる。つまり、毎年毎年、ケガレとして重ね着をするわけだ。
その姿はちと怖い。
で、この「おしらさま」を使った儀礼が、「おしらあそび」。
それはおしらさまを舞わせるものである。
紀州熊野の巫女を起源としたもので、東北ではイタコが「おしらあそび」布教の重要な位置をしめていたようである。
イタコが、「おしらさま」を舞わせ、ことばを語らせる。
折口はこれが、おしらさまを形代から人形へと変える、つまり、女子供の遊具となるための道すじになったと考えたのである。
このように、ケガレを背負ったどこか恐ろしい形代は、イタコらによる「あそび」を経て人形になり、女子供も愉しめる遊具へと移り変わる。
現在のひな祭りの原型が整ったってわけだ。
では、タイではどうだろう。
まず、ひな祭りはない。
でも、ひな祭りの原型ともいえる形代のようなものは…といえばどうだろう。
そもそも、ケガレを川に流すという発想・行為は見受けられる。
たとえば、タイ全国的な祭り、ローイクラトン。
各地の川や沼には灯籠がフワフワと漂い、幻想的な夜が演出される。
灯籠には自身の爪や髪の毛が添えられる。
ケガレや悪しきことを水に流し、自身を清めるのだ。
また、最悪のケガレともいえる死。これを回避するための儀礼では、形代が作られ、川に流されている。
トゥカター・シアクバーン。(シアクバーン人形)がそれだ。
(source: http://variety.teenee.com/foodforbrain/33646.html)
この儀礼を直接目にしたことはないので詳細は分からないが、ネット情報によるとこれは重大な病に陥った患者のために周りの者達が行ってあげるものである。
患者の周りの者達が上の写真のような形代を作り、そして、最終的にその頭部を切るらしい。
(source: http://variety.teenee.com/foodforbrain/33646.html)
その姿は、これまた少し怖い。
で、頭無しの形代は三叉路に置かれたり、あるいは川に流されたりする。
これは、病気をもたらす悪霊に対して、「ほら、あなたが死の世界へ連れ去ろうとする人間はこの通り、頭を失くしてすでに死んでしまいましたよ」と示すのだ。
身代わりをたてることで、病に苦しむ人の生命を延ばそうとするのである。
このように、今僕らが目にするひな祭りは、その歴史性に焦点をあてて考えると、タイでの儀礼とある共通性をもつことがわかる。
いや、むしろ人類共通の発想、行為ともいえるだろう。
つまり…
死をいかにして遠ざけるか。
安寧をいかにして保つか。
人間のそんな祈りを実現するために、形代の人形は静かにたたずむ。
死と真剣に向き合ってきた古代の人々の深い思いが刻み込まれ、今もなお呼吸をしているかのようである。
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