「すれ違いのダイアリーズ」(キットゥン・ウィッタヤー(คิดถึงวิทยา)とタイ社会



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タイで数年前に公開された「キットゥン・ウィッタヤー(คิดถึงวิทยา 直訳すれば「懐かしき学校」)」。

当時も評判はかなりよかった。

僕の教え子のなかでも、見たという者が多く、口々に「いい映画だ」と言っていた。

それが、「すれ違いのダイアリーズ」という邦題で、日本で放映されているということで、一時帰国中だった先日、見に行った。




辺境の地の水上にある学校で教師をすることになった男性が、前任の女性教員の残した日記を見つける。

田舎暮らしの孤独や、教師としての未熟さや苦悩、葛藤などが、その日記を読むことで癒され、励まされる。

教師としても、人間としても成長していく。

そして、いつしか、日記を書いたまだ見ぬ女性教師に恋をする、という話である。



男女の恋愛模様はもとより、教師と子供達のふれあいが美しい映像で表現されていて、なんとも心温まった。

タイのドラマといえば、基本、ドロドロして、いつも女性たちが激しく口論や喧嘩をしているものが多い。(あるいは妙にコミカルか、グロいかの幽霊の話)

しかし、この映画は清々しくて、よかった。

タイは、映画とCMがすばらしいと、いつも思う。


ところで、この映画にタイ人も感銘を受けたというのは、田舎に暮らして人と人とがふれあうこととか、お金にはない価値を見直すこととか、そんな感覚が彼らの間にも広がってきているからではなかろうか。


タイ、いや特にバンコクは近年、すごい勢いで発展している。

経済的価値が重視され、バンコクはもはや東京と変わらないムードとなってきている。


ロッブリーのような田舎に住んでいると、バンコクに行くだけでものすごく疲れる。

それほどまでに、バンコクのスピードは早い。


そして、今では、タイ人の間でもそう思う人は少なくないらしい。

経済発展や情報化を重視した街や生き方に、疲れが見え始めているのだ。


だからこそ、映画で描かれるような、自然のなかで人と人とが触れ合うこと、感情を手で綴った日記が映画の軸となっていること(SNSではないということ)、といったいわば昔ながらのあり方が、キラキラとした魅力をはなって見えたりする。

で、タイ人の間でウケたのかもしれない。

いわば、疲弊して綻びが出ているタイ社会が、今徐々に求めはじめている新しい価値。

それが、うまく映像で表現されているのだ。


と、まあ、こうして講釈たれてみた。

でも、実際のところ、映画を見ている間は、結構のペースで泣いていたので、そんなこと考える暇はなかったことを告白しておく。


あ、ちなみに邦題「すれ違いのダイアリーズ」。

多分、英題の「The Teacher's Diary」から持ってきているんだろう。

「懐かしき学校」(タイ語)→「先生の日記」(英題)→「すれ違いのダイアリーズ」(邦題)。


英題や邦題は、恋愛に重点がおかれているから、こうなったのだと思う。

でも、僕からすれば、上記のように、手書きの日記とか、人と人とのリアルなふれあいとか、いわば懐古的なことが、この映画では印象的にうつったので、タイ語題の「懐かしい」という言葉をいかしてもいいんじゃないかと思う。


「遠い日の水上学校」


・・・海軍の話かと、勘違いされそうな気がしないでもない。






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