リンガが立ち並ぶ参道を抜けていく。


こうもリンガが並ぶと壮観である。

とはいえ、灼熱の日差しが、体に痛い。

リンガもいいが、日陰がほしいところだ。



そんなことを想っていると、右手に北宮殿、左手に南宮殿が迫ってきた。



宮殿にはシバ神のレリーフが彫られているというので、自然と心がワクつく。

ところが、残念なことに、遺跡の修復作業のため、宮殿内、立ち入り禁止。



どんな作業工程で、あとどれくらいで修復が完了する目処なのかを尋ねたかったが、ちと忙しいかなと思い、遠慮した。

僕はこう見えて、気を使うほうなのである。

まぁ、実際は、東南アジアの男性は基本的にはみな、あまり忙しそうにはしないし、見えもしないんだけど。



それはさておき、さらに進んでいくと、楼門の跡が僕を迎えた。



門は朽ちてもうないが、それを守る像は今も立っている。


供え物多く、今も信仰を集めている様子が伺える。



さて、ここからが遺跡へと続く石段。


石段の距離は長いが、勾配が緩やかなのが、せめてもの救いである。

悠久の歴史に思いをはせつつ、石段を踏みしめる。

やはり歴史に思いをはせるこのときが、一番の幸せである・・・



と思いきや、すぐに待ち受けた急勾配。


悠久の歴史なんぞを思い描いている余裕は無くなる。

灼熱の太陽もジリジリ。

息も絶え絶えだ。


一段、一段が妙に高い。

足が笑いはじめる。

これはいったいどこまで続くんだと思った矢先、石段を登りきった。

まだまだ、僕の体力も捨てたもんじゃないわけだ。

そして、姿を現すワットプー本殿。



おお。

一刻もはやく内部へ行きたい。

しかし、実際、足の疲れと、息遣いがそれをさせてくれない。

所詮、その程度の体力なのである。

逸る気持ちを抑えつつ、とりあえず今来た道を眺め、堪能する。



写真では伝わりにくいが、チャムパーサックの田舎を見渡すことが出来る絶景。


ワット・プーに通いなれた近所のおばちゃん(予想)も、腰に手を当て、景色を堪能する理由もうなずける。


おばちゃんは何を想っているのか、それは、計り知れない。

でも、次第に疲れは飛んでいく。


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「・・・・都(ヂャムパーサック)の近くには、リンガパルヴァ山がある。その頂上には祠があって、いつも5000人の兵がこれを守る・・・」

(7世紀、中国:唐で成立した『隋書』より)




写真で、ヒョコッと突出した山が、『隋書』に記載されるリンガパルヴァ山。

聖なるリンガのお山だ。



リンガとは、男性器の象徴。

そういわれてみれば、突出した山はその形に見えてくる。



7世紀の中国・唐の歴史書は、そこに5000人の兵が警備していたことを伝えているわけだ。

まぁ、人数の真偽は別として、それほどまでにリンガのバルヴァ山は、太古の昔から神聖視されていたのである。




そんなリンガパルヴァ山の山麓にあるワット・プー。

ゲートを抜けて心地いい空間を過ごしたあと、灼熱の太陽の下、遺跡へ向かう。

まず目の前に広がるのは、池である。




聖なる池、”バライ”。

バライは、巨大貯水池で、かつてのクメールの肥沃な空間作りには欠かせないものだった。

というのも、アンコール地方は、雨季にはほとんどの土地が冠水するくせに、乾季になるとカラカラに乾くという、なんともやっかいで厳しい自然環境下にある。

だから、バライのような貯水池を作ることで、水の確保と洪水の防止、二つの効果が期待されたわけだ。

太古の人々の生命に直接かかわる、重大な池なのである。



また、バライは”大海”を表現している。

大海は、ヒンドゥー神話『乳海攪拌(にゅうかいかくはん)』のワンシーンに登場する。

ヴィシュヌ神が「アムリタ(甘露)」という不死の薬を得るため、神々や阿修羅に命じ、ナーガ(蛇神)を綱代わりに綱引きをさせて、大海を攪拌させる。

すると、大海は乳海に変わり、アムリタが生じたというシーンである。



このアムリタとは、不死の薬であるが、収穫物を表現している。

つまり大海は、地上に収穫物を生み出す源の象徴的存在であり、”母胎”ともいえよう。

バライについて、ある碑文は、「大乳海のごとく喜びをもたらす池」で「その腕(分流)によって乳海自ら邪魔な水を取り除き、甘露(収穫物)の湖に変える」などと説明しているが、それも納得である。(石澤良昭『アンコール・王たちの物語』


生産面だけではなく、信仰や世界観の面にも、バライは深く食い込んでいるのだ。




男性器を象徴するリンガのお山。

母胎を象徴するバライのお池。

二つをつないで結実させるために、蛇神・ナーガは両者の間に今もひっそりと、立っている。






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<参考>

ワット・プーのゲートを抜けると、まずは、入場料を払いにいかなくてはならない。

入場料を払う建物は、なかなか立派なものだったので、写真だけアップしておこう。



建物内部は、小奇麗で、風通しもよく、心地いい。


本やら土産が陳列されている。



本を買おうかと思ったが、遺跡を歩くのに邪魔と判断し、帰りに持ち越した。



だが僕は、本購入を後回しにしておいて、それを買うためにまた戻ることはあまりない。

今回も、その通りになってしまった。



今となっては、なんの本を買おうと思ったかも、よく思い出せない。

非常に残念な結果なのだが、まぁ、そんなもんかという気もする。



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「日本でツナミが起きたらしいですね。とても心配です」




震災のニュースがラオスでも駆け巡った次の日、パクセーのとある寺で話をしたお坊さんに言われた。

まだ21歳だという若いお坊さんは、僕の質問にどれも真摯に答えてくれる心優しい方。

時折見せる笑顔がまだあどけなく、子供のようにも見えた。



「日本のツナミの映像はとても恐ろしいですね。心が痛いです。

多くの人々が犠牲になっているようですし。

あなたのご家族や友人は大丈夫ですか?」



「はい。両親とも連絡がとれ、無事なようです。友人も被災地にはいないと思います・・・

でも、本当にショックです」



「そうですね。自然はすばらしいものですが、恐ろしくもある。

人間は自然を操ることはできない。

自然の前で人間は無力です。

だから、自然界のピー(精霊)を崇拝し、日々、敬意を払わなくてはいけないんですね・・・・


これ以上の犠牲者が出ることなく、日本に平穏無事が訪れるように、僕も祈りますよ」



そう言ってお坊さんは、読経を始めた。

お坊さんの読経を聞きながら、僕は手を合わせた。


シャッ、シャッ、シャッ。

聖水が僕の体に吹きかけられた。



静寂に包まれた境内で、静かに流れる読経。

被災した日本にも届くような、そんな気がした。



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